※修正予定あり【ぺちゃんこ地味系OLだけど水曜日の夜はびしょぬれ〜イケおじの溺愛がとまらない!?〜】
マイナス思考
「い、石和さん」
「なんだい」
「こういうのは、最初に云ってください……」
「こういうのとは?」
「ご家族に逢うなら、それなりに心の準備が必要で……」
「わかるよ。でもね、理乃ちゃん。ぼくは、かざらないきみを連れていきたかったんだ。ごめんね」
「……うっ!(その顔は狡い!)」
しょんぼりと表情を翳らせてシートベルトをつける石和は、助手席に坐る恋人へ「機嫌を直しておくれ」という。……そんなふうに悲しげな顔をされたら、なんでも赦せちゃうよ! イケおじの喜怒哀楽は無敵すぎる。
とはいえ、石和の正体を知ることができた桃瀬は、心臓がドキドキした。
……叔父さんはワイルドでダンディな感じだし、従兄弟の貴也くんも、かなりイケメンだった。石和さんのお母さんも、きっと、すごくきれいなひとなんだろうな……。
設計事務所は独立して建っているため、石和家の自宅はべつのところにある。
「次は、母を紹介しよう」
桃瀬の思考を先読みして、あっさり云う。「いまからですか?」まだ呼吸が落ちつかないというのに、ふたたび心臓がドクンッと大きく乱れた。「だめかな」と問い返され「うっ!」と息が詰まる。……だめじゃない……けど! 面と向かってなにを話せばいいのか、わからないよ〜(プチパニック)。
いつかは挨拶すべき人物だとしても、立てつづけに身内を紹介される桃瀬は、冷や汗をかいた。ショルダーバッグからハンカチを取りだし、パタパタと顔をあおぐと、石和は哺乳瓶のピンバッチへ目をとめた。「それ、理乃ちゃんが買ったの?」「え……? このピンバッチですか? これはちがいます。ショッピングモールに行ったとき、姉がいらないって、勝手につけたもので……」「お義姉さんは元気?」「はい、元気です。もうすぐ臨月で、赤ちゃんが生まれます」
ハンドルをもつ石和の指が、ピクッと、小さく反応した。
「なんだって?」
「?」キョトンとする桃瀬。
「きみのお義姉さんは、妊婦中だったのかい」
「そ、そうですが……(以前の電話口では、姉の状態までは報せていなかった)」
「まいったな……。気のきかない男で申しわけない。タイミングを見直すべき案件だな」
「べつにそんなことは……」
「あるよ。おおいにある。予定日が近いならば、いちばん大事な時期だろう。ぼくよりも、お義姉さんのことを考えてあげて」
「……ありがとうございます」
母親との顔合わせを延期した石和は、レストランへ車を走らせた。ビュッフェスタイルの店で、ランチタイムとなる。正しいマナーを知らない桃瀬は、石和におそわりながら料理を皿に盛りつけた。食品棚に並ぶ料理はどれもおいしそうで、つい、いちどにたくさんテーブルへ運びたくなるが、三点までがベストらしい。各自の腹の調子でおかわりは自由につき、あせって取り分ける必要はない。出来立ての料理も、次々と追加されるため、セルフ形式の場合、食べ過ぎには要注意だ。ビュッフェとは、もともと立食を云い表すことばだが、着席して愉しめるケースも一般的になっている。
定額を払って「好きなだけ食べられる」バイキングではなく、ビュッフェの基本は、取ったぶんだけの支払いをする仕組みである。
キッシュというパイ料理を初めて食べた桃瀬は、「これ、おいしいです」と、無意識に笑顔を見せた。ほうれん草とベーコン、じゃがいもにオニオンソテー、チーズをトッピングしてオーブンで焼くキッシュは、卵と生クリームを使ったケーキのような見た目のおかずである。石和との交際で新しい発見や視野がひろがる桃瀬は、感謝の気持ちでいっぱいになった。……きょうみたいな急展開はさすがに驚くけど、もし、石和さんと結婚できたら、わたしは、たくさんのひとと関わっていかなきゃなんだ……。
設計事務所の面々をはじめ、夫を支える妻のスキルに、社交性は必要不可欠である。……わたしに、そんなことできるかなぁ。石和さんに、いっぱい恥をかかせるかも知れない……。
桃瀬は食後の紅茶をのみながら、ティーカップを口へ運ぶ指を見つめた。プラチナのペアリングが、キラリと光る。自身の家族にも、石和を恋人として紹介する日を考えはじめた──。
✦つづく