ヤクザで弁護士のあの人が、私の書いた恋愛小説を読んでいる。
②物語全体のあらすじ


 駆け出しの小説家である日浦夏樹は、通学中の電車内で自分のデビュー作の小説をスマホで読んでいる男性を偶然見かける。
 その男性が下車しようとした時、ポケットからスマホがこぼれ落ちそうになり、夏樹は寸前でそれをキャッチ。
 勢い余って夏樹が自著の感想を尋ねると、男性は夏樹が作者であることを知らずにその作品の良さを熱っぽく語った。
 夏樹は自著を褒めてもらえたことに感激。一方、男性は自分のような大人の男が少女小説を好んで読んでいると知っても態度の変わらなかった夏樹に心を開く。
 同じ趣味でもあるため、二人は意気投合。明日以降の電車も同じ時間帯に乗り合わせることを約束する。

 その男性、神島怜治の職業は都内で法律事務所を経営する弁護士だった。
 駅から事務所までの道のりを雨に濡れて出社する怜治。
 オフィスの自室に入り、着替えるためにシャツを脱ぐと背中には龍の刺青が。
 実は、彼は弁護士でもありながら、とある組のヤクザの若頭でもあったのだ。

 後日、約束通り、同じ電車に乗り合わせる二人。
 おすすめの本を渡し、小声で会話を楽しむ。
 電車を降りた後、夏樹は大学へ、怜治は事務所へと向かう。そんな少しだけの時間を毎日続け、二人は徐々に親密になっていく。

 怜治はヤクザではあるが、きちんと正規の手段で弁護士になっており、一般人からの依頼もこなしていた。
 商店街に住む顔馴染みの相談を受け、結婚はまだかと世話焼きの老人たちに冷やかされながらも、その気はないとはぐらかす。
 だが、そう問われた時に、彼の心には不意に夏樹の姿が思い浮かんでいた。

 夏樹と怜治は互いのアカウントを交換し、SNSでのやり取りを開始する。
 渡された本を何冊か読んだが、やはり夏樹の作品が一番好きだと怜治はメッセージを送る。それが夏樹の著作であると知らずに。
 自分が作者だと知らせるタイミングを見計らっていた夏樹だが、怜治のメッセージがあまりにも情熱的で、結局打ち明けられない。
 それでも夏樹は怜治の言葉を嬉しく思い、自分の小説を掲載しているwebページを教える。

 怜治の組の傘下にある興行会社の社長が、怜治の事務所を訪れる。
 彼の息子が刑事事件を起こし、その弁護を頼みたいのだという。
 しかし、その息子、喜多川悠真の態度は横柄で、無罪は難しいと言う怜治に食って掛かる。
 怜治は彼をいなして押さえつけると、冷酷な声音で脅しをかけ、その場を収める。

 一方、夏樹のスマホには怜治からのメッセージが送られてきていた。
 それはデートの誘いであり、夏樹は予期していなかった招待に驚きつつも喜ぶ。

 大人の余裕にあふれているかに見える怜治だったが、実は夏樹をデートに誘う際、彼自身も色々と葛藤していた。
 自分では気付かないうちに夏樹に本気になっていたのだ。
 事務員の翔子はその気持ちを察し、からかいつつも怜治を応援する。
 そして、デート当日。二人は書店や美術館などを回り、楽しく過ごすが、事務所の事務員である翔子、大隈、圭吾の三人がこっそり怜治たちを尾けており、ふとしたことから尾行がバレてしまう。
 事務所の面々と夏樹は、苦笑いしつつも互いに自己紹介をする。
 圭吾はどうやって怜治と知り合ったのかと夏樹に尋ねる。
 怜治の趣味は彼らには知られていないのだろうと察した夏樹は、怜治の印象を落とさないよう答えをはぐらかす。

 夏休み。親戚の法事に出席するため、実家に帰省する夏樹だったが、その心は沈んでいた。
 夏樹の両親はいわゆる毒親。ネグレクト気味なくせにデリカシーがなく、夏樹の小説家デビューや書いている小説の内容、その他印税額などについて勝手に親戚たちに言いふらして茶化すなど、無自覚にひどい振舞いをしていた。
 法事においてもそれは変わることなく、夏樹を否定し、押さえつけるような言動をする。
 彼らの仕打ちに耐えかねた夏樹は、親戚の集まりの場を飛び出す。そして、偶然出張で遠征していた怜治に駅前で出くわす。

 怜治は宿泊先のホテルに夏樹を迎え入れる。けれど、根掘り葉掘り聞くこともなく、静かに夏樹に寄り添ってくれる。
 夏樹は怜治の優しさに心を溶かされ、自分の境遇を告白する。その中で、怜治が愛読している作品は自分が書いたことも話してしまうが、怜治は気にする様子もなく、彼女を優しく抱き留める。

 翌朝。怜治のホテルに一泊させてもらった夏樹だが、彼は夏樹に手を出すことは決してなかった。
 夏樹が落ち着くように一晩中彼女の話に付き合い、夏樹が疲れて眠ってしまった後も、ベッドにお姫様抱っこで運んだ後で、自分はソファーで眠るようにしていた。
 その紳士な振舞いに心を打たれ、夏樹は怜治をはっきりと意識し始める。

 下宿先に戻った夏樹。実家に置いてきてしまったいくつかの荷物が、何故か両親から発払いで送られてきていた。
 そんなふうに気を使ってくれる親ではなかったのにどうしてだろうと不審がる夏樹。実は、怜治が配下の者を使って彼女の周囲を調査させ、両親に圧力をかけていたのだが、夏樹がそれを知るのはもっとずっと先のことである。

 夏休みも終わり、いつもの日々が戻ってくる。
 夏樹と怜治の距離は少しずつ、しかし確実に縮まり、定期的にデートする仲になっていた。
 といっても、お互いに告白などをしたわけではないので、互いの心はまだ少し距離感がある。
 けれど、夏樹が小説家であることもバレてしまったので、夏樹は何も気兼ねすることがなくなった。
 そのせいもあってなのか、怜治はさらに夏樹の作品をストレートに褒めるようになる。
 嬉しいやら恥ずかしいやらで、赤面する夏樹。
 ただ、デートの最中、怜治は一瞬だけ暗い顔を見せる。

「俺も……いつかきちんと自分のことを話さないとな……」

 小声で言ったその言葉を耳にしてしまう夏樹だが、彼の真意はまだ理解できない。

 そんな中で、怜治に恨みを持つ興行会社のどら息子、喜多川悠真が、偶然、怜治と夏樹が二人で歩いているところを目撃する。
 夏樹が怜治の弱点になると踏んだ悠真は、夏樹を尾行し、彼女の行動経路を把握。地元の不良仲間とともに彼女を誘拐しようとする。

 だがしかし、実は怜治の組の者によって、夏樹はずっとガードされていた。
 怜治が自分の組の部下に指示して(もちろん夏樹のプライバシーを脅かさないよう最大限配慮して)、彼女に害をなそうとする者から守っていたのだ。

 誘拐は、すんでのところで食い止められる。
 怜治の部下たちは、ヤクザだとバレないように作業服などで変装していたが、悠真が刃物で夏樹に切りつけようとして、怜治がそれをかばったため、服が切り裂かれて怜治の刺青があらわになる。
 そのことで、怜治がヤクザであることを夏樹は知ってしまう。
 悠真がわめきたてるが、彼は部下たちの手によって退場させられる。その場には、怜治と夏樹の二人だけになる。
 怜治は身を引こうとさよならの言葉を言いかけるが、夏樹は彼の背中に抱き着き、引き留める。
 怜治がいっしょにいてくれて、どれだけ楽しかったか。どんなに自分が救われたか。ずっと守ってくれたことの感謝とともに、夏樹は自分の思いを打ち明け、告白する。
 怜治は、こんな自分が君に見合うとは思えないと食い下がるが、夏樹は譲らない。

「皆がどれだけあなたのことを信頼しているか、あなたは自分で気づいていないんですか。肩書なんかじゃない。弁護士でもヤクザでもなく、あなただからこそ、皆があなたに付いて来ているんじゃないんですか。私だって……!」

 そんなふうに思いの丈を打ち明けて、泣き崩れる夏樹。
 怜治は彼女を強く抱きしめ、その思いを受け入れる。
 二人は晴れて結ばれ、お互いに交わりあう。

 そして数年後、兼業小説家として活躍しながら、怜治の事務所で秘書兼事務員として元気に働く夏樹の姿があった。
 彼女の左手の薬指には、銀色の指輪が。
 また、それと同じ指輪が、怜治の薬指にも輝いていたのだった。

<おわり>
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