とある令嬢の断罪劇

欲望

 かつて婚約者だった女が、恍惚とした表情で断首の時を待っている。
 その異様な光景に俺は顔をしかめずにはいられなかった。

「ちっ、どこまで常軌を逸しているんだ」

 嫌悪交じりに呟くと、不安そうに聖女が見上げてくる。

「王子……」
「大丈夫だ。君は何も心配することはない」

 俺としたことが、愛する彼女に哀しい顔をさせてしまった。安心させるため、俺はやさしく微笑みを向けた。
 今日をもって悪の元凶がこの世から葬り去られる。
 ようやく迎えた吉日に、彼女も内心安堵していることだろう。
 しかしあの女も都合よく悪事を働いてくれたものだ。そのことだけは褒めてやりたい気分だった。

 俺には過去世の記憶が残っている。
 小国の王族として生まれ、国ために生き、そして死んだ。
 最期まで民の幸福を願い、王としての生を生き切った。そんな男の短い一生の記憶だ。

 だが本当に欲しいものは何ひとつ手に入らなかった人生だった。
 生まれ変わった今なら分かる。
 あの日の俺が一番に望んでいたのは、妹の幸せだったということを。

 王女である妹は天真爛漫な性格で、誰からも愛される天使のような存在だった。
 そんな妹に俺は欲望を抱いていた。
 この想いは誰にも知られてはならない。
 秘めたる禁断の果実を胸に封じたまま、俺は妹を残してこの世を去った。
 妹は幸せな生涯を送れたのだろうか。新しい生を受けてなお、そのことだけがずっと胸の奥を燻った。

 そんなとき俺の前に聖女が現れた。
 神々しく光り輝く姿を見た瞬間、俺には分かってしまった。彼女が妹の生まれ変わりだということが。
 俺は狂ったように歓喜した。
 血の繋がりもなく、今度は想いを告げてもいい相手だ。
 身分差などどうにでもできる。

 自己のすべてを犠牲にした過去世を思うと、今度こそ望むまま欲しいものを手に入れることも許されるように思えた。
 妹と同じ魂を持つ少女が目の前に現れたのがいい証拠だ。
 神が俺のために聖女を遣わしたに違いない。

 そうなると婚約者の存在が厄介になった。
 相手にも貴族令嬢としての立場がある。どうやったら穏便に婚約を解消できるだろうか。
 そう思い悩んでいるうちに、本性を現した婚約者が勝手に自滅の一途を辿ってくれた。
 やはり天は俺に味方しているのだ。

 この女の悪行の数々のお陰で、貴族も国民も聖女との婚姻を認める方向に傾きつつある。
 聖女の命を狙ったことは決して許すことはできないが、俺と彼女の未来をお膳立てしてくれたことだけは感謝してやってもいいだろう。
 女を徹底的に追い込むために、裏から手を回して罪状を水増ししたのはご愛敬だ。ここまで卑劣な人間相手だと、こちらの良心も痛むこともない。

 腕に抱きしめる聖女に視線を落とした。
 もうすぐ彼女は俺のものだ。
 誰の目も憚ることなく、愛する妹だった彼女のすべてを手に入れる。
 想像しただけで嬉しさのあまり叫び出しそうになった。

 死刑執行人に合図を送り、結ばれたロープに向けて屈強な男が大斧を腕に構える。
 あのロープが切られたとき、女の首は一瞬で胴体を離れるだろう。
 震える聖女の肩を引き寄せ、断頭台をその視界から遠ざけた。

「君は無理して見なくていい」
「いいえ、わたしにはあの(ひと)の最期を見届ける義務があります」

 意志を持った眼差しで、聖女は断頭台に向き直った。
 なんと清らかで強い心を持った少女なのだろうか。
 そう感動するとともに、改めて聖女を守ることを胸に強く誓った。

 この場に立ち会った者は稀代の悪女の最期を語り継ぐのだろう。
 誰もが固唾を飲んで見守る中、俺の合図とともに鋭利な斧は勢いよく振り上げられた。

< 3 / 5 >

この作品をシェア

pagetop