恋忘れ
「何だ、これ。」
「ん…」
いつの間にか私は目を閉じていて眠っていたようで陽翔君のその言葉で目を覚ました。
嫌な予感がして慌てて飛び起きる。
もしかして、寝ちゃってた…。
え?今何時…
私は急いでスマホをポケットから出した。
「嘘…十時って…」
スマホに表示されている22:00の文字を見て絶望する。
もちろん暁さんからメッセージや着信が何件も入っていた。
とにかく返事をしなければと1番上のメッセージを開こうとした瞬間だった。
「え、と」
黙ったままの陽翔君が後ろから私を抱き寄せた。
そのはずみで手に持っていたスマホがカーペットの上に落ちた。
「…俺やっぱ熱でおかしくなってるわ。だって、冬羽がいる。こうやって触れることが出来る。」
なんて言えば良いのかわからなくて黙っていると陽翔君は続けた。
「会いたかった。ずっと。」
熱い息が耳元でくすぐったくて身をすくめてしまう。
「ごめん。私帰らないと。」
あなたの会いたかったに答えることはできないの。
だけど、腕を解いて立ちあがろうとする私をさらに強く抱き締めて離してくれない。
「まだいいだろ。ここにいてよ。だってこれは夢なんだから。夢でくらい触れさせてよ。」
「夢って、」
本当なのか嘘なのかわからないけれどそのあまりにも切ない声に涙が出そうになる。
それでも私は暁さんの元へ帰らなければならない。
この人の腕を振り解いて今すぐ彼の待つ家へと。
「私もう行かなきゃ。風邪お大事に。陽翔君、もっと自分のこと大切にしてね。じゃあ。」
陽翔君の返事など聞かずに私は力のないそのの腕をするり解き、スマホを拾うと寝室のドアに向かった。
ドアノブに手をかけた時とほぼ同時だった。
「もうどこにも行くなよ。」
そう言って陽翔君はもう一度私を抱きしめた。
それはさっきよりも強い力だった。
簡単には振り解けないその腕が私をこの部屋に留まらせる。
「ごめんね…」
なんて言えばいいのか分からずに咄嗟に出た言葉がそれだった。
「好きなんだ。冬羽のことが。」
そんなこと今更言わないで。
私はあなたの元にはもう帰れないのに。
「っ、ごめん。私暁さんの所に帰らなきゃ。」
「もう終わりだなんて、言わなきゃ良かった…」
後悔を口にする陽翔君はあまりにも弱々しくて今にも壊れてしまいそうだった。
泣いている。
いつでも強くて私を引っ張って行ってくれていた陽翔君が私の背中で泣いている。
本当は今すぐに抱き締めたい。
この人に優しくしたい。
でもこの手を伸ばしたらきっと全部だめになる、そんな気がした。
振り向くとさっきよりも熱っぽい目でぼうっと私を見つめる目と目が合った。
その頼りない肩を支えて再びベッドに寝かせると案外陽翔君はすっと目を閉じてくれてこれでいいと強く自分に言い聞かせた。
もしまだ私たちが離れずにいたのなら、もしまだこの人のそばにいられたのなら、そう思うのはもうやめにしなければならない。
もうここへは来ない。
何があっても。
「陽翔君…ばいばい。」
小さな声で呟いて穏やかに眠る顔を目に焼き付けていると
「冬羽…」
そっと目を開けて名前を呼ばれた。
まだ、夢を見ていると思っているのだろうか。
そんなことを思っていても私は涙だけが出て来て雫がぽたぽたと手のひらに落ちていく。
「泣くなよ。本当に泣き虫だな。」
私の涙を熱い手のひらが拭った。
「もう、行くんだろ。」
「うん」
「夢なんて覚めなければいいのにな…冬羽、こっち来て。」
泣いている私をなだめる様に微笑んで見つめるその表情に新しい彼を見た気がした。
「最後に、一度だけ、好きだよ。」
陽翔君は言葉を選ぶようにゆっくりと私を引き寄せた。
彼の少しだけ長い前髪が私の瞼を掠める。
囁くように吐き出された言葉に私は黙って頷いた。
どちらからともなく視線が交わる。
彼の震える指先が私の頬に少し触れて唇が重なった。
どんなに好きでもどうしても叶わない恋があることをこのとき初めて私は知ったのだ。
* * *
玄関を出て鍵をかける。
鍵はポストの中に入れようかと思ったけど、元々合った場所に戻した。
少しでも私がここにいた形跡を残したくなかったから。
「寒すぎるよ…」
外に出た途端に一気に冷たい風が私を包んむ。
ふいにこぼれた言葉は誰にも拾ってもらえないまま、雪はいつの間にか止んで雨に変わっていたことに気がついた。
「もしもし」
タイミングが良かったのか、悪かったのか。
何度目かのかかってきた電話にやっと出る。
相手は暁さんだとスマホの画面を見なくても予想はついていた。
「冬羽、今どこ?俺さっき帰ってきたんだけど部屋にいなかったから何かあったのかって。」
慌てているのと心配そうな声が混じっていつもより早口になっている暁さんに罪悪感が募る。
「ちょっと。私も会社でトラブルがあって。うん。大丈夫。今帰ってるところ。連絡できなくてごめんね。」
初めて暁さんに嘘をついた。
だけど、今日のことは到底彼に言えるものでもなく
言ったら酷く彼を傷つけてしまうことくらい容易に想像できてしまった。
「そっか。良かった。雨も降ってるし駅まで迎えに行こうか?」
自分も仕事で疲れているはずなのにこうやっていつも私を気にしてくれる。
「ううん。大丈夫。それにもうすぐ着くから。それじゃあ。あとで。」
暁さんは少し不服そうな声で、だけど待ってるねと言って電話が切れた。
最終だろうか。時刻表はよく見ていなかったけれど、バスの中には私しかいなかった。
来た道とは反対の流れる景色をただ眺めるだけ。
今日のことを思い出さないように。誰のことも傷つけないようにこの嘘を、もう忘れる為に。
「ん…」
いつの間にか私は目を閉じていて眠っていたようで陽翔君のその言葉で目を覚ました。
嫌な予感がして慌てて飛び起きる。
もしかして、寝ちゃってた…。
え?今何時…
私は急いでスマホをポケットから出した。
「嘘…十時って…」
スマホに表示されている22:00の文字を見て絶望する。
もちろん暁さんからメッセージや着信が何件も入っていた。
とにかく返事をしなければと1番上のメッセージを開こうとした瞬間だった。
「え、と」
黙ったままの陽翔君が後ろから私を抱き寄せた。
そのはずみで手に持っていたスマホがカーペットの上に落ちた。
「…俺やっぱ熱でおかしくなってるわ。だって、冬羽がいる。こうやって触れることが出来る。」
なんて言えば良いのかわからなくて黙っていると陽翔君は続けた。
「会いたかった。ずっと。」
熱い息が耳元でくすぐったくて身をすくめてしまう。
「ごめん。私帰らないと。」
あなたの会いたかったに答えることはできないの。
だけど、腕を解いて立ちあがろうとする私をさらに強く抱き締めて離してくれない。
「まだいいだろ。ここにいてよ。だってこれは夢なんだから。夢でくらい触れさせてよ。」
「夢って、」
本当なのか嘘なのかわからないけれどそのあまりにも切ない声に涙が出そうになる。
それでも私は暁さんの元へ帰らなければならない。
この人の腕を振り解いて今すぐ彼の待つ家へと。
「私もう行かなきゃ。風邪お大事に。陽翔君、もっと自分のこと大切にしてね。じゃあ。」
陽翔君の返事など聞かずに私は力のないそのの腕をするり解き、スマホを拾うと寝室のドアに向かった。
ドアノブに手をかけた時とほぼ同時だった。
「もうどこにも行くなよ。」
そう言って陽翔君はもう一度私を抱きしめた。
それはさっきよりも強い力だった。
簡単には振り解けないその腕が私をこの部屋に留まらせる。
「ごめんね…」
なんて言えばいいのか分からずに咄嗟に出た言葉がそれだった。
「好きなんだ。冬羽のことが。」
そんなこと今更言わないで。
私はあなたの元にはもう帰れないのに。
「っ、ごめん。私暁さんの所に帰らなきゃ。」
「もう終わりだなんて、言わなきゃ良かった…」
後悔を口にする陽翔君はあまりにも弱々しくて今にも壊れてしまいそうだった。
泣いている。
いつでも強くて私を引っ張って行ってくれていた陽翔君が私の背中で泣いている。
本当は今すぐに抱き締めたい。
この人に優しくしたい。
でもこの手を伸ばしたらきっと全部だめになる、そんな気がした。
振り向くとさっきよりも熱っぽい目でぼうっと私を見つめる目と目が合った。
その頼りない肩を支えて再びベッドに寝かせると案外陽翔君はすっと目を閉じてくれてこれでいいと強く自分に言い聞かせた。
もしまだ私たちが離れずにいたのなら、もしまだこの人のそばにいられたのなら、そう思うのはもうやめにしなければならない。
もうここへは来ない。
何があっても。
「陽翔君…ばいばい。」
小さな声で呟いて穏やかに眠る顔を目に焼き付けていると
「冬羽…」
そっと目を開けて名前を呼ばれた。
まだ、夢を見ていると思っているのだろうか。
そんなことを思っていても私は涙だけが出て来て雫がぽたぽたと手のひらに落ちていく。
「泣くなよ。本当に泣き虫だな。」
私の涙を熱い手のひらが拭った。
「もう、行くんだろ。」
「うん」
「夢なんて覚めなければいいのにな…冬羽、こっち来て。」
泣いている私をなだめる様に微笑んで見つめるその表情に新しい彼を見た気がした。
「最後に、一度だけ、好きだよ。」
陽翔君は言葉を選ぶようにゆっくりと私を引き寄せた。
彼の少しだけ長い前髪が私の瞼を掠める。
囁くように吐き出された言葉に私は黙って頷いた。
どちらからともなく視線が交わる。
彼の震える指先が私の頬に少し触れて唇が重なった。
どんなに好きでもどうしても叶わない恋があることをこのとき初めて私は知ったのだ。
* * *
玄関を出て鍵をかける。
鍵はポストの中に入れようかと思ったけど、元々合った場所に戻した。
少しでも私がここにいた形跡を残したくなかったから。
「寒すぎるよ…」
外に出た途端に一気に冷たい風が私を包んむ。
ふいにこぼれた言葉は誰にも拾ってもらえないまま、雪はいつの間にか止んで雨に変わっていたことに気がついた。
「もしもし」
タイミングが良かったのか、悪かったのか。
何度目かのかかってきた電話にやっと出る。
相手は暁さんだとスマホの画面を見なくても予想はついていた。
「冬羽、今どこ?俺さっき帰ってきたんだけど部屋にいなかったから何かあったのかって。」
慌てているのと心配そうな声が混じっていつもより早口になっている暁さんに罪悪感が募る。
「ちょっと。私も会社でトラブルがあって。うん。大丈夫。今帰ってるところ。連絡できなくてごめんね。」
初めて暁さんに嘘をついた。
だけど、今日のことは到底彼に言えるものでもなく
言ったら酷く彼を傷つけてしまうことくらい容易に想像できてしまった。
「そっか。良かった。雨も降ってるし駅まで迎えに行こうか?」
自分も仕事で疲れているはずなのにこうやっていつも私を気にしてくれる。
「ううん。大丈夫。それにもうすぐ着くから。それじゃあ。あとで。」
暁さんは少し不服そうな声で、だけど待ってるねと言って電話が切れた。
最終だろうか。時刻表はよく見ていなかったけれど、バスの中には私しかいなかった。
来た道とは反対の流れる景色をただ眺めるだけ。
今日のことを思い出さないように。誰のことも傷つけないようにこの嘘を、もう忘れる為に。