遣らずの雨 下
レンゲソウ
心が和らぐ
『皐月!飯に行くぞ。』
「うん!少しだけ待ってて?」
4月も中ごろを過ぎ、毎日温かい日が続き、力仕事を始めれば半袖でもいい日も増えて来た。
『急いでねぇから気にすんな‥。』
いつものようにレジ締めと片付けを
終わらせると、エプロンを外した凪が
首をグルグルと回しながら店舗に
やって来た
今日は一日中忙しそうだったから、
特に疲れが酷そうなのがうかがえる。
今週は引き渡し分が多かった為、
夜も遅くまで工房の電気が付いていた
ので倒れないか久々に心配になった。
明日は休みだから、美味しいものを
食べて一日身体を休めてほしいな‥‥
「‥肩揉もうか?」
『ん‥‥悪いな‥サンキュ。』
いつも私が腰掛ける無垢のスツールに
腰掛けてもらうと、背後に回り凪の
肩に手をかけた。
うわ‥‥‥ッ!!
肩こりの酷さにも驚くけど、
鍛えられた凪の引き締まった
肩幅に私の小さな手が負けてしまう
ランニングしてるのは知ってるけど、
筋トレなんかする暇なく働いてるから、
仕事でついた筋肉ってこと?
「ねぇ?両手を貸して?」
『は?‥何で?』
「いいから‥‥ね?」
凪の両手首それぞれの手で掴むと、
後ろにグーっと引っ張り巻き肩を
ほぐしていく
前傾姿勢で働いてるから、
血行が悪くなるのは仕方ないけど
優子がよくこれをやってくれて、かなり
ラクになったのを思い出したのだ
「痛い?」
『ッ‥‥痛ぇけど効く‥‥。』
「ふふ‥でしょう?はい!終わり!」
肩をグルグルと回す姿を見ながら、
今日もお疲れ様ですと心の中で思った
同い年で自分の力だけで生活してる
凪には相変わらず頭が上がらない。
無愛想で口数も少ないけれど、
裏表もないからか友達や知り合いは
意外にも多いのだ。
殆どが同性だけど、時々ここを訪ねる
人達が私に声をかけて下さり、食事を
一緒にするようになったし、
友達付き合いがない私には初めての
環境でも、ここは寂しくなかった。
戸締りを確認してしっかりすると、
歩いていくかと思いきや、凪が
車の鍵を開けてエンジンをかけた。
「車で行くの?
運転疲れてるのに大丈夫?」
『別に平気‥‥乗れよ。』
珍しい‥‥‥
休日前はお酒を飲むことが多いのに、
今日は飲めない食事処?
どちらにしろ自転車しか乗れない私には
甘えるしかない。
少し日に焼けた凪の手がギアを
カッコよく操作する度に、私の手と
作りが全然違うんだなって見比べる
同じ男の人でも、羽鳥さん、柿添さん
とも違う手なんだよね‥‥。
カンナを握る凪の手はとても力強いし
逞しいから。
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