野いちご源氏物語 一一 花散里(はなちるさと)
 女御(にょうご)妹姫(いもうとひめ)がお住まいの屋敷は、源氏(げんじ)(きみ)のご想像どおり、人気(ひとけ)がなく物(さび)しかった。庭の(たちばな)の花から昔を思い出させるよい香りがする。昔の人はこういう場所を「橘の(はな)()(さと)」と和歌に()んだ。
 源氏の君はまず女御にご挨拶(あいさつ)をして、桐壺(きりつぼ)(いん)がお元気だったころの話などをなさる。女御はお年を召されているけれど上品でおかわいらしい。
<亡き院はこの女御を激しく愛されたわけではなかったが、心が安らぐ人だと信頼していらっしゃった。それが今やなんというお気の毒なお暮らしぶりだろう>
 昔のことが思い出されて源氏の君は悲しくなってしまわれる。

 ほととぎすが鳴いた。
「昔のお話をしていると気づいたかのように、ちょうど鳴きましたね。私も橘の香りに(さそ)われてお訪ねいたしました。近ごろは亡き院の時代を悲しく思い出すことが多く、こちらへ上がりますと、(なぐさ)められることもよけいに悲しくなることもございます。時代はすっかり変わりました。こうして昔話ができるお相手は少なくなる一方ですから、私など以上に、あなた様は気の晴らしようもなくお過ごしでございましょう」
 今の境遇(きょうぐう)を女御も悲しんでいらっしゃるけれど、お人柄(ひとがら)のせいか、ただ悲しむだけではないしみじみとした雰囲気(ふんいき)があった。 
 
「普段は訪ねてくださる方もいらっしゃいませんから。今夜はあなた様にお越しいただいて、亡き院のお話までできてうれしゅうございました。橘の花に感謝しなければなりませんね」
 女御は優しくおっしゃる。
<やはり他の人にはない長所がおありだ>
 特別な魅力(みりょく)をお感じになって、源氏の君のお心は自然と(やす)らいでいく。
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