しゃべりたかった。
しゃべれた。

1

大人になった梨沙は、自分の得意だった“絵”を活かせるイラストレーターになっていた。
 そんな梨沙に、子どもができた。
 名前は有紗。女の子で、梨沙と似ていて絵が得意。

 でも、有紗が保育園へ入って1年経ったころ…
 突然有紗が保育園へ行きたくないと言いだした。
 わたしは、これって登園拒否ってやつだ…とすぐに分かった。
 まずは理由を聞いてみることにした。
「どうしていやなの?」
「いやだから!」
「え…それじゃあ分からないよ。」
 と言うと、有紗は泣いてしまった。
 どうしよう…まあいいか。
「行かなくてもいいよ。休もっか。」
 すぐに有紗が泣きやみ、笑顔になった。
「うん!」
 わたしだって学校に行きたくない時があったし。気持ちが分かる。
 それにわたしは家にいるし、有紗の面倒をみれる。
 保育園は行かなくたって困らないんだから。

 ――――――
 ただ、何日も休んでいると、保育園から心配の電話がかかってきた。
「有紗ちゃんだいじょうぶですか。」
 と。
「はい。元気ですよ、ただちょっといやみたいで。」
 と毎回答える。
「そうですか…もうすぐ卒園なので、来ていただきたいんですが…」
 と、電話ごしに先生の心配そうな声で、わたしは
「そうですね…」
 としか言えなかった。
 電話を切ると、有紗が人形を持ってきた。
「ねーえーママあ。」
「ハイハイ。」
 わたしだって心配だ。4月からは小学生。小学校に行けるか心配だ。
 卒園式も参加できるか分からないし。
「ママ?どうしたの?」
 有紗の声で我にかえった。
「ううん。何でもないよ。」
「あ!そろそろ桃キュアの時間だ!」
 有紗は人形をわたしに渡すと、テレビの前に座った。
 有紗の気持ちを大事にしないと――有紗はどうなんだろう?
「ママ、始まっちゃうよー。」
「今いくー!」
 ――――――――
 今日は保育園に行っていた。
 どうしてもわたしが外出しなくちゃで、有紗を家に1人にするわけにもいかず、夫もいない、おばあちゃんの家も遠いので、保育園に預けた。
 行くまでに泣いて大変だったけど、何とか預けられた。
 仕事へ行くころにはげっそりとしていた。

 帰り、お迎えへ行くと、満笑の笑みの有紗がいた。
「保育園楽しかった?」
 と聞くと、
「まあまあかな。」
 と答えた。
「そっか……」
 うんではないのだな、と思った。
 車で家に帰ると、もう夫が帰ってきていた。
「やったあ、パパいるじゃん!」
 と有紗が喜んでいた。
 パパ自体が楽しみというか、パソコンが使わせてもらえるからだろう。

 今日も食器を洗い、洗濯を畳んで、有紗と絵を描き、寝る。
 これが午後のルーティンだ。
 たまーに有紗本を読むこともある。
 ふう、として有紗と寝ようとすると……
 電話がかかってきた。
 もう有紗は寝ている。
 もう、誰よこんな時間に……
 急いで布団から出て、スマホを持ち、別の部屋へ急いだ。
 有紗が起きちゃ大変だからね。
「もしもし?」
 と出ると、保育園の先生だった。
「今日来られてよかったです。みんな喜んでますよ。」
「そうですか。」
「あの…有紗ちゃんって、全然しゃべらないんですよ。おとなしい子なんですね。よく譲ってるし、優しい子ですね。」
 え…と思った。
 有紗が?家ではマガジントークレベルにしゃべる有紗が?たしかに、人見知りっちゃそうだけど…
「そうなんですか。意外です。」
「あ、では、失礼しました。」
 わたしは電話を切ると、布団へ戻った。
 寝ている有紗を見つめる。
 さっきの話が本当かどうか確かめたいけど、寝てるしな…
 諦めてわたしも眠りについた。


 朝、今日はわたしがいれる日なので、保育園はお休みした。

 お昼、有紗に昨日先生が言っていたことを聞いてみた。
「ねえ、保育園ではあんまりしゃべらないの?お友だちとかとさ。先生が言ってて。」
 さっきまでペラペラしゃべっていた有紗の口が止まった。
 返事の代わりにうなずいていた。
「そっか…ドキドキしちゃうの?家ではおしゃべりさんじゃん。」
 有紗は小さくうなずいた。
 そっか、とわたしは答えた。
 そこで、ある考えが浮かんだ。
 場面緘黙症?有紗が?
 と。
 絶対そうだ。
 わたしと一緒だもん。
 とりあえず、病院に行けばいい?
 お昼を食べおわると、わたしはさっそく病院を検索した。
 できればわたしが行ったところと同じ方がいいけど…どこだっけ?
 すると、そこらしき病院のホームページを発見した。
 多分ここだ!明日休みだし、有紗を連れていこう。

 次の日。
 有紗と病院へ行った。
 先生は女の先生で優しそうだった。
「そうですね、場面緘黙症です。」
 やっぱり……!
 先生がわたしに言う。
「ちょっとずつ人に慣れていきましょう。そうですね…まずはみじかな人からやりましょう。」
 はい、と返事する。
「そうですね…ここにあるももスクールに行くのはどうでしょうか?」
 先生が提案してきた。
「この建物の2階にある、数人のフリースクールのようなものです。ちょうどお子さんの年齢は入れるので。小学生になる前にそこで慣れるのがいいかと。どうでしょうか?」
 わたしと有紗がうなずいた。
「そうしましょう。ちょっとずつやっていきましょうね。」

 有紗が場面緘黙症になったことは驚きだけど、それ以上に有紗を支えていかなくちゃ、という思いがあった。わたしも場面緘黙症だったのだから、有紗のことを分かってあげられる。だから、有紗を手助けできるようにならなきゃ。
 

 
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