雨はまだ降り続いている…〜秘密の契約結婚〜
少しずつだが、奈緒と触れ合えるようになった。
俺の気のせいかもしれないが、奈緒に意識してもらえるようにもなった。
ただそれだけでのことで幸せで。奈緒と一緒に過ごせる時間が俺にとって大切な時間となった。
大切な時間がとても穏やかで。だからすっかり忘れていた。小百合のことを。

もうとっくに小百合は俺のことを忘れているものだとばかり思っていた。
まさか電話がかかってくるなんて思ってもみなかったし、連絡先をまだ残していたことすら忘れていた。
しかし俺は小百合からの電話に応じなかった。何故、今更になって電話をかけてきたのかが分からず、困惑した。

「あの…それよりも電話が鳴っているみたいですが、出なくて大丈夫ですか?」

俺が電話に応じなかったことに、奈緒は気がかりに思ったようだ。
素直に元カノからの電話だと告げればよかったと今ならそう思うが、この時の俺は奈緒に知られたくないという自分の保身のために嘘をついた。

「あぁ、大丈夫だ。迷惑電話だから」

俺の中で小百合からの電話は、迷惑電話と同様なので、あながち嘘ではない。
しかし奈緒にその意図は伝わらなかった。きっと誤解された。まだ小百合のことが好きだと。
そんなことは決してない。奈緒を好きだと自覚した段階で、すっかり過去の人になっている。
このまま小百合からの連絡を無視し続けても何も解決はしないと分かっていた。
でも俺はこの問題を放棄した。奈緒に元カノから電話がかかってきたことを知られたくはなかった。
奈緒の性格から考えて、奈緒に知られたらこの関係が終わると思った。
絶対に阻止したい。その気持ちが逆に裏目に出るとは考えもよらなかった俺は、自分の行動が空回りしていることに気づかなかった。

気づかないまま空回りをした行動を続けた結果、最悪な事態を招いた。
次の日の朝、あまり眠れなかった俺はいつもより早く目を覚ました。
さすがに奈緒はまだ起きてなかった。そのことに安堵した。
しかし、奈緒は思ったよりも早く目を覚ました。奈緒と顔を合わせただけでとても気まずい空気が流れ始め、あまりの気まずさに俺は早く家を出た。
小百合からの電話一本でこんなにも心が掻き乱されるなんて。過去にしていたはずなのに、過去にできていなかったのかもしれない。
奈緒が好きな気持ちは本当だ。できれば奈緒とこのまま偽装結婚を続けたい。
でも俺の心の奥底に残った傷は、一生癒えることはない。その記憶が小百合からの電話で蘇ってしまった。
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