雨はまだ降り続いている…〜秘密の契約結婚〜
「こちらこそよろしくお願いしますね。頼りない娘かもしれないけれど、根は良い子なので」

母は母親としての想いを伝えるために、悠翔さんに娘のことを託した。
悠翔さんはそんな母の想いが伝わったみたいで。母にも真摯に応えてくれた。

「そんなことないですよ。奈緒さんはとても頼りになりますし、根の良さは僕も知っています。僕の方こそいつも大変お世話になっております」

悠翔さんは私の両親に心配をかけまいと、私のことを立ててくれた。
母は悠翔さんの言葉を聞いて安心したみたいだ。自分の娘がちゃんとやっていることに…。

「それならよかったわ。奈緒、良い人を捕まえたわね。悠翔さんを大事にしなさいよ」

母のまっすぐな言葉が私の胸に突き刺さった。悠翔さんは本当に良い人だと思う。偽装結婚の相手にこんなにも優しく大事にしてくれるのだから。
だからこそ悠翔さんに本命ができたら、私は悠翔さんの傍を離れないといけない。その時がこないで欲しいと心の奥底で願った。

「もちろん。絶対に大事にします」

悠翔さんから契約を解除されることはあっても、私から離れることは絶対にない。
解除されないようにするためには、悠翔さんにとって必要な存在()を演じ続けるしかない。

「結婚式はいつやるの?」

やっぱり聞かれると思っていた質問。もちろん事前に用意した答えを伝えるだけだ。

「悠翔さんの仕事が今忙しくて。落ち着いた頃合いで式を挙げられたらいいねって話してるの。
だから今はとりあえず籍だけでも入れようってことになりまして。近々婚姻届を提出する予定でいます」

嘘半分、真実半分…。その方がより嘘が嘘ではなくなる。
それに両親には安心してもらいたかった。すぐに結婚式ができないけれど、ちゃんと籍は入れるってことを分かって欲しかった。

「そうなのね。仕事が落ち着いたら結婚式ができるといいわね」

「そうだね。色々決まったらまた連絡するよ」

両親には申し訳ないが、その連絡は一生こない。
結婚式を挙げて両親を喜ばせたかったが、それが叶えられないことに胸が痛んだ。

「楽しみに待ってるわね。そういえば裕太もね、近々結婚するみたいなの。この間、珍しく連絡が来たと思ったら紹介したい人がいるって言われてね。おめでたいことが重なって、親としては嬉しいわ」

知らなかった。弟の裕太が結婚するなんて…。
私にはそんな連絡は一切こなくて。今知ったばかりだ。
弟が羨ましいと思った。幸せいっぱいな愛が溢れる結婚で。

「そうなんだ。全然知らなかったよ」

「裕太ったらお姉ちゃんに連絡しないなんてダメね。奈緒も裕太にちゃんと報告しなさいよ。いいわね?」

家族だから報告は大事だ。頭では分かっている。
でも心の中で弟に対して劣等感が生まれ、そんな相手に報告するのが恥ずかしくて惨めに思えた。

「はいはい。報告しておきます」

その場は適当に返事をしておいた。心の中はグチャグチャで、感情を整理するのが難しかった。
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