雨はまだ降り続いている…〜秘密の契約結婚〜
「裕太さんは今、どちらにお住まいなんですか?」

悠翔さんが上手く話を広げてくれた。
母は家族のことに興味を示してくれた悠翔さんに気を良くし、素直に答えた。

「東京よ。都内の会社で働いてるの」

弟が東京で働いてるのは知っていたが、まさか都内で働いていたとは…。
案外、近所に住んでいたりして。そんなことないといいなと願った。
弟に悠翔さんと一緒に居るところを見られるのは恥ずかしいし、なんだか弟に見られたら秘密がバレそうな気がして。
できればそれだけは避けたい。この結婚を続けるために…。

「そうなんですね。何のお仕事をされてるんですか?」

「某大手の○‪✕‬商社で営業をしているらしいわ」

お母さんの言葉を聞いた瞬間、悠翔さんの表情が一瞬曇った。
一瞬だったが、私の心の中に強く刻まれて。どうしてそんな表情をしたのかとても気になった。

「弟さん、すごいですね。あの大手に働いているなんて尊敬します」

「そう言って頂けて光栄です。でも悠翔さんこそ起業して自分の会社をお持ちなんでしょう?その方がよっぽど素晴らしいと思うわ」

お母さんの言う通り、悠翔さんだって起業して立派に会社を経営しているのだから、そっちの方が大変素晴らしいことだと思う。

「いやいやそんなことはないですよ。なんとか頑張って会社を黒字にしている感じですので。奈緒さんには何不自由ない生活をさせたいと思っておりますので、絶対に苦労させないと誓います」

どうして悠翔さんはそんなに嘘が上手なの?嘘をつくことに躊躇いがないの?
この言葉が本音であったらどれだけ嬉しい言葉だったか。その気持ちは心の奥底に押し殺した。

「こんなこと言ってくれる旦那さんなんて早々いないわよ。奈緒が羨ましいわ…」

悠翔さんの両親とは違い、うちの両親は共働きだ。
なので母からしたらお金の苦労がなく、専業主婦をさせてもらえるのが羨ましいのであろう。

「お義母様だって素敵なお義父様がいらっしゃるじゃないですか。僕らはまだまだこれからです。お義父様とお義母様みたいな素敵なご夫婦を目指して頑張りたいと思います」

うちの両親を素敵な夫婦だと思ってくれているのは本音であろう。そう思ってもらえてとても嬉しかった。
ただ私達はそんな夫婦にはなれない。本物の夫婦ではなく、本物の真似事をしているだけに過ぎないのだから。

「あら。照れるわ。悠翔さん、お上手ね。そんなに褒めちぎっても何も出てこないわよ」

お母さんはすっかり上機嫌で、お父さんは恥ずかしくて照れている。
そんな二人を見て、自分の両親ながらも良い夫婦だなと思った。

「何か欲しいわけではないですが、これから家族になるので仲良くしていただけたら幸いです」

そう言われてしまったら嬉しくない人なんていない。偽装とはいえども両親と良好な関係を築こうとしてくれていることが嬉しかった。
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