虐げられ続けた私ですが、怜悧な御曹司と息子に溺愛されてます
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真矢が対鶴楼で働いているのには事情がある。
真矢の父は対鶴楼を経営している鶴田家の長男、母は同じ町にある「和文字堂」という和菓子屋のひとり娘だった。
老舗旅館の跡継ぎになるはずだった父は、母と恋に落ちた。だが家の釣り合いが取れないと、周囲から大反対されたらしい。
ふたりは家やふるさとを捨て、東京で暮らし始めた。
やがて正式に結婚して、真矢と弟の和真が生まれた。家族四人だけの笑顔の絶えない賑やかな毎日。
真矢は両親や弟と、平凡だが幸せな日々を送っていた。
ところが真矢が中学生の時に、交通事故に巻き込まれた両親が亡くなってしまった。
どこで事故を知ったのか、葬儀の日に父方と母方の祖父がやってきた。その時、真矢は初めて両親の過去を聞いたのだ。
生前の両親とは故郷のことや祖父母のことなど話したことがなかったので、親戚がいるなんて思ってもいなかった。
それに祖父たちの話は家柄とか跡継ぎとか、慣れない言葉ばかりでよくわからない。
小学生だった和真には、もっと理解できなかっただろう。
あれよあれよという間に真矢は鶴田家に引き取られ、和真は和文字堂を経営する遠藤家の養子になることが決まった。
遠藤の祖父は、ひとり娘が産んだ息子に和文字堂を継がせたかったようだ。
祖父たちから「同じ町に住むのだから別々の家でも我慢しなさい」と言われたが、真矢も和真も納得できないし離れたくなかった。
姉弟の言葉はまったく聞き入れてもらえず、どんどん手続きがなされていく。
気がつけば姉弟は、東京とはまったく違う小さな町に住むようになっていた。
真矢が引き取られた対鶴楼と、和真が暮らすことになった和文字堂は近所だったが、結婚に反対していた家同士だから姉弟は行き来しにくかった。
両家には今でも確執が残っていたし、町の人たちは事情を知っている。
いつも誰かに見られているようで、別れて暮らす姉弟は助け合うこともできなかった。