虐げられ続けた私ですが、怜悧な御曹司と息子に溺愛されてます
詳しく町のことを知りたいと言われても、真矢では役不足としか思えない。
「この町についてお知りになりたいのでしたら、市役所の観光課の方をご紹介いたしますが」
岳とあまり関わりたくなくて、真矢はやんわりと断った。
「私も、さほど詳しくはありませんし」
「堅苦しく考えないで、短い時間でいいんだ。案内してもらえたら助かるんだが」
もともと強引な性格なのか、岳はなかなか諦めてくれない。
「頼めないかな」
かつてあこがれた人の申し出は断りにくいものだ。
「簡単なご案内でよろしければ」
真矢が承諾すると、岳からさっそく予定を尋ねられた。
「明日は忙しい?」
「いえ、遅番なので日中は空いています」
「では、頼むよ。十時くらいからでいいかい」
「はい」
引き受けたものの、真矢はますます戸惑うばかりだ。岳が町を見たいという理由がわからない。
そもそも明都ホテルグループの御曹司がどんな目的でこの町にやってきたのだろう。
目的はこの町なのか、対鶴楼なのか、その両方なのかもしれない。
「では、ロビーではなく正門の外でお待ちしています」
真矢が待ち合わせ場所を伝えると、よほどうれしかったのか眼鏡の奥で目が細められた。
岳がとても喜んでくれているのが伝わってきて、真矢はふたりで出かけることに少し気恥ずかしさを感じていた。
和文字堂でも、つい岳の視線を意識してしまった。
和真に変に思われないよう説明には気を使ったから、終わったときには疲れ果てていた。
だが今日の仕事はこれで終わるわけではない。
翌日は岳に町の案内をすると言ってしまったから、少しでも業務を進めておきたかった。
対鶴楼に帰るなり、制服のまま事務所に向かった。
(単なる観光案内だから、大丈夫)
明都ホテルで働いていたなんて、きっと気がついていないはず。
そう気を取り直して、真矢は仕事に取り組んだ。