虐げられ続けた私ですが、怜悧な御曹司と息子に溺愛されてます
「明日も案内してもらえるかな」
岳は気軽に頼んでくるが、町の案内をしたことが対鶴楼にとってプラスになるのだろうか。
真矢に確信はないが、なにもしないよりはマシな気がする。
「わかりました」
岳の目的がわからない以上、なにかで岳と関わっていたほうがよさそうだ。
そう考えて、真矢は空いている時間に岳の案内をすることにした。
お互いの連絡先を交換して「商談成立だ」と言う岳の言葉に笑っていたら、パラパラと小雨が降ってきた。
晴れているとき、急に雨が降る珍しい現象だ。
「濡れないうちに帰ろうか」
「はい」
今度は石段を下りることになる。気がせいていた真矢がつまずきかけた。
「あっ」
「おっと、危ない」
真矢がグラリとよろけたところ、後ろから岳が支えてくれた。
グッと腰のあたりを抱きかかえるように触れられて、真矢は焦った。
力強い腕に体がスッポリとおさまると、石段から転げ落ちそうになった恐怖はどこかに飛んでいった。
「す、すみません」
「気をつけて。そういえば前にも転びそうになっていたね」
あの夜にも足がもつれたことを、岳は覚えていたらしい。
そそっかしいと思われたことが恥ずかしくて、真矢は自分の頬が赤く染まっていくのがわかった。
急いで岳の腕から離れようとしたが、こんどは真矢の手を握っている。というより、手をつないでいるといった状況だ。
「あの?」
「転げ落ちないよう、このまま行こう」
「気をつけますから」
真矢は驚いて手を振り放そうとするが、もう一度ギュッと力が込められる。
「このままで」
高校生でもあるまいし、いい年をした男女が手をつないで石段を下りるなんて。そう思っていても振りほどけない。
こんな格好を誰かに見られたら、なんとも言い難い状況だ。
けれど岳は最後の一段を下りきるまで、ずっと真矢の手を握っていてくれた。
真矢にとって誰かに手を引かれるなんて、幼い頃以来の出来事だ。
まるで真矢を導くような、温かくて大きな手だった。