虐げられ続けた私ですが、怜悧な御曹司と息子に溺愛されてます


「よかったら、傘をお持ちください」

小雨とはいえ、客である岳を濡れたままにしておけない。そう思った真矢は対鶴楼に帰る途中、自分の家に立ち寄った。
玄関の格子戸を開けていると、岳が不思議そうに尋ねてきた。

「ここは君のご実家なのかい? ご家族は?」

周囲を見まわしていた岳が、驚いた顔になった。ひとりで住むには広すぎる物件だからかもしれない。

「私ひとりで住んでいます。ここは持ち主の方が引っ越されて、空き家になっていたんです」

白壁は美しいし、今は白や濃いピンクのサツキが玄関先を彩っている。
玄関先からは見えないが、キッチンなどの水回りは最近のものに取り換えてあるから古家でも意外に住みやすいのだ。

「近ごろ、この辺りには空き家が増えているんです」
「今や日本中で空き家が増えている時代だからな」

この町でも跡を継ぐ人がいない商家や住む人がいなくなった家が目立つようになってきた。
人が住まなくなると家は傷むと言われているが、まだまだ頑丈な家もある。
せっかくなら倒すことなく残して利用できたらと真矢は願っている。古くても目に見えるもの、形のあるものは財産だと思いたい。

「空き家の利用法はないでしょうか」
「難しい問題だ」

真矢が差し出した傘を受け取って、岳はゆっくりと歩き出した。

「でも、君は何とかしたいんだね」
「はい」

岳は、ふだんはパソコンに向かってデータや過去の実績を分析するのが仕事だが、ここにきて古いもののよさを肌で感じたという。
建物には数字だけでは計れないものがあるし、多くの人に愛されてこそ価値がある。この町にも観光客が訪れるようになる可能性はありそうだ。

「たとえば高級な対鶴楼では長期の滞在は難しいでしょうが、古民家を対鶴楼の別館のようにして少しお安い値段設定にしたら、この町に滞在してもらえないでしょうか」

「経営方針を大きく変えるような話だな」

「食事も旅館だけでなく、この辺りの食堂やレストランで楽しんでもらえたら町の活性化につながりますし」
「なるほど」



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