バリキャリ経理課長と元カレ画家、今さら結婚できますか?

第十二話 「個展を終えて」

個展の最終日を明日に控えた日曜日。
理沙は、芳名帳の置かれたテーブルの後ろに腰をおろし、訪れる客に微笑みながら「ありがとうございます」と頭を下げていた。

——芳名帳への記入は任意。
それでも、多くの人が名前を残してくれる。

ページをめくるたびに、拓真の絵に心を動かされた人がいたことを実感する。
この一週間で、どれだけの人が拓真の作品と向き合ったのだろう。

会場は賑わっていた。
日曜日だけに客足も多く、拓真は何度も絵の説明を求められていた。

——だが、売れた絵は、小さなサイズのものが一枚だけ。

期待していたほどの成果ではない。
それでも、この空間にいる人々の熱量は、確かに手ごたえを感じさせるものだった。

「挑戦は、無駄じゃなかった」

理沙は、そう確信していた。

最終日は終了時間が早い。実質的に今日が個展の最終日となる。

   ◇◇

デパートの閉店後、二人はいつものように通用口から外へ出た。

「どこかで食事しようか」
「そうだな」

自然な流れで、個室付きの居酒屋に入る。
テーブルに並ぶ料理と、二つのビールグラス。
いつものように、乾杯を交わした。

「……少しだけど、赤字になりそうだ」

拓真が、グラスを回しながらぽつりと言う。

「もっと安い会場にすべきだったかな……」

「そんなことないわ」

理沙は即答する。

「たくさんの人があなたの絵を見てくれた。芳名帳にもたくさんの名前が残ってる。
拓真だって、手ごたえを感じたんじゃない?」

「……ああ」

拓真は、静かにうなずいた。

「感想もたくさんもらえたし、個展を開いてよかったと思う。何より、こうして踏み出せたのは、理沙が背中を押してくれたからだよ」

「そんな大したこと、してないわよ?」

冗談めかして言うと、拓真はふっと笑った。

「それに、あなたに再会して……ずっと夢を追ってる姿を見て、応援したくなったの」

理沙の言葉に、拓真は少し目を伏せる。

「……それは、君に余裕があるからだよね」

「え?」

「キャリアも、経済的な自立も手にしてる。だから、僕のことも余裕を持って見られるんじゃないかって」

「それは、ひがみ?」

「違うよ」

拓真はゆっくり首を振った。

「でも、今の僕なら、ありのままを素直に受け入れられる」

理沙が口を開きかけた、その瞬間——

「自分一人だったら、結果だけを見て落ち込んでいたかもしれない」

拓真の言葉に、理沙はハッとする。

「でも、君と一緒だと、僕は確かに前に進んでるって思える。過去の僕なら、こんなふうには考えられなかったよ」

理沙はじっと、彼を見つめた。

「……だから、理沙」

拓真は一度、深く息を吸い込む。

「もう一度、僕と付き合ってほしい」

その言葉に、理沙はくすっと笑う。

「何言ってるのよ。もう付き合ってるでしょ?」

「分かってて、言わせるなよ」

拓真が照れくさそうに笑い、グラスを傾ける。

「じゃあ、もう一度、僕との結婚を考えてほしい」

拓真の瞳は、まっすぐだった。

理沙は、一瞬驚いたように目を見開いた。
だが、次の瞬間には自然と微笑んでいた。

「……もちろんよ」

グラスをそっと置き、彼の目を見つめながら続ける。

「やり直しましょう」

二人のグラスが、もう一度、静かに触れ合った。

<END>
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