バリキャリ経理課長と元カレ画家、今さら結婚できますか?
第八話 「決意」
辰巳イノベーションズでは、新組織の発足を2週間後に控え、業務移行の準備が進められていた。
理沙もCFOとなる飯尾とともに、新組織のミッションや業務範囲、人員配置の最終確認を行っていた。
仕事を終え、マンションに帰ると、理沙はため息をつきながらソファに沈み込んだ。
スマホを開き、メッセージを打つ。
「今週末、アトリエに行きたいの。いいかしら?」
すぐに返信が届いた。
「土曜日でも日曜日でもいい。僕も君に話したいことがある」
——話したいこと?
何か心境の変化でもあったのだろうか。
「じゃあ、土曜日にお邪魔するわ」
送信ボタンを押すと、理沙はコンビニの袋からサラダと総菜を取り出し、遅い夕食をとった。
◇◇
理沙は、2か月半ぶりに拓真のアトリエを訪れた。
ドアを開けた瞬間、懐かしい油絵の香りが鼻をくすぐる。
奥の壁に掛けられているのは、やわらかなタッチで描かれたモッコウバラ。
以前とは違う、優しく穏やかな雰囲気をまとった作品だった。
「これ、新作?」
「ふんわりとした花弁の質感を表現したくて」
「素敵ね」
拓真は小さく笑った。
「絵だけじゃなく、僕自身も変わらなきゃいけないって思ったんだ」
理沙が問いかける前に、彼は続けた。
「君がアトリエに来なくなってから考えた。……僕は結局、10年前から何も変わっていないのではないかって」
「どういうこと?」
拓真は、壁の絵に目を向けながら呟くように言った。
「自分は夢を追うことを選んだくせに、キャリアや収入で人を評価して落ち込む。矛盾してるよな」
「……」
「君のキャリアも収入も、君が努力と苦労によって得たものだ。……それは尊敬すべきことであって、妬むものではない」
理沙はそっと息を吸った。
「私も、あなたの気持ちを考えるべきだったわ」
「いや……」
拓真が静かに首を振る。
「僕が、一番考えなきゃいけなかったんだ。自分の価値は、他人と比べるんじゃなくて、自分自身で築かなきゃいけなかったんだよな」
その目には、これまでにない強い意志が宿っていた。
「だから、……個展を開こうと思う」
「——え?」
理沙は思わず目を見開いた。
「まだ100%自信があるわけじゃない。でも、もう逃げたくないんだ」
拓真が静かに笑う。
「本当は、ずっと怖かったんだと思う。誰かに評価されることが。売れなかったらどうしようって、言い訳ばかり考えて踏み出せなかった」
「拓真……」
「でも、今は違う。やらずに後悔するくらいなら、やってみたい」
「それなら——」
理沙は一歩、彼に近づいた。
「私に、手伝わせて」
「……いいのか?」
「もちろんよ。あなたの夢を応援したいって、ずっと思ってた」
理沙は微笑む。
「でも、支えるんじゃなくて……並んで、同じ方向を見ていたいの」
拓真は、しばらく何かを考えるように理沙を見つめ——
そして、ふっと息を吐いた。
「……ありがとう。よろしく頼むよ」
彼の声は、どこか吹っ切れたように軽やかだった。
理沙もCFOとなる飯尾とともに、新組織のミッションや業務範囲、人員配置の最終確認を行っていた。
仕事を終え、マンションに帰ると、理沙はため息をつきながらソファに沈み込んだ。
スマホを開き、メッセージを打つ。
「今週末、アトリエに行きたいの。いいかしら?」
すぐに返信が届いた。
「土曜日でも日曜日でもいい。僕も君に話したいことがある」
——話したいこと?
何か心境の変化でもあったのだろうか。
「じゃあ、土曜日にお邪魔するわ」
送信ボタンを押すと、理沙はコンビニの袋からサラダと総菜を取り出し、遅い夕食をとった。
◇◇
理沙は、2か月半ぶりに拓真のアトリエを訪れた。
ドアを開けた瞬間、懐かしい油絵の香りが鼻をくすぐる。
奥の壁に掛けられているのは、やわらかなタッチで描かれたモッコウバラ。
以前とは違う、優しく穏やかな雰囲気をまとった作品だった。
「これ、新作?」
「ふんわりとした花弁の質感を表現したくて」
「素敵ね」
拓真は小さく笑った。
「絵だけじゃなく、僕自身も変わらなきゃいけないって思ったんだ」
理沙が問いかける前に、彼は続けた。
「君がアトリエに来なくなってから考えた。……僕は結局、10年前から何も変わっていないのではないかって」
「どういうこと?」
拓真は、壁の絵に目を向けながら呟くように言った。
「自分は夢を追うことを選んだくせに、キャリアや収入で人を評価して落ち込む。矛盾してるよな」
「……」
「君のキャリアも収入も、君が努力と苦労によって得たものだ。……それは尊敬すべきことであって、妬むものではない」
理沙はそっと息を吸った。
「私も、あなたの気持ちを考えるべきだったわ」
「いや……」
拓真が静かに首を振る。
「僕が、一番考えなきゃいけなかったんだ。自分の価値は、他人と比べるんじゃなくて、自分自身で築かなきゃいけなかったんだよな」
その目には、これまでにない強い意志が宿っていた。
「だから、……個展を開こうと思う」
「——え?」
理沙は思わず目を見開いた。
「まだ100%自信があるわけじゃない。でも、もう逃げたくないんだ」
拓真が静かに笑う。
「本当は、ずっと怖かったんだと思う。誰かに評価されることが。売れなかったらどうしようって、言い訳ばかり考えて踏み出せなかった」
「拓真……」
「でも、今は違う。やらずに後悔するくらいなら、やってみたい」
「それなら——」
理沙は一歩、彼に近づいた。
「私に、手伝わせて」
「……いいのか?」
「もちろんよ。あなたの夢を応援したいって、ずっと思ってた」
理沙は微笑む。
「でも、支えるんじゃなくて……並んで、同じ方向を見ていたいの」
拓真は、しばらく何かを考えるように理沙を見つめ——
そして、ふっと息を吐いた。
「……ありがとう。よろしく頼むよ」
彼の声は、どこか吹っ切れたように軽やかだった。