クールなエリート警視正は、天涯孤独な期間限定恋人へと初恋を捧げる
「いったい何の話ですか?」
紗理奈はトートバッグの紐をぎゅっと握りしめた。
「往来で話すような内容ではない。近くに車を停めてある。そこで話をさせてもらいたい」
「嫌です。警察の話なんて聞きたくありません」
紗理奈はきっぱりと拒否する。
近江の冷ややかな視線を受けた。
「君の命が危険に晒されているのだとしても?」
「命の危険?」
近江の口から非日常な単語が飛び出してきたので、紗理奈は驚愕に目を見開いた。
「そうだ、脅しでも何でもない。俺はおかしな類の嘘は吐かないようにしている」
紗理奈はきっと近江を睨みつけた。
「突然現れて、そんな高圧的な態度と上から目線で話をされても、話を聞く気になりません。そもそも警察官とは一言だって口を利きたくないんですから。それじゃあ、さようなら」
「待て」
紗理奈は踵を返すと、近江とは反対側へと颯爽と歩を進めはじめたのだが……
「きゃっ!」
ヒールが歩道のタイル同士の小さな隙間に挟まり、足首を捻ってバランスを崩してしまった。
なんとか転ばずには済んだが、地面にしゃがみ込んだまま動けなくなってしまう。
(私ったら、なんて格好がつかないの……!)
紗理奈が立ち上がろうとしていたら、背後から冷ややかな声がかかる。
「仕方がないな」
気付いた時には、近江が真横にしゃがみ込んでいた。
彼は、自身の両腕を彼女の背中と両膝の下に各々差し入れると、そのまま立ち上がった。
いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
紗理奈は驚きで目を真ん丸に見開いてしまう。
「ちょっ、ちょっと、降ろしてください! 目立ちますから! いくら警察でも横暴です!」
黙々と前進していた近江だが、ちらりと紗理奈に視線を送った。
「抵抗するというのなら、公務執行妨害で現行犯逮捕してでも、君を保護させてもらう」
「な……!」
紗理奈は絶句した。
是が非でも、「保護」という名目で紗理奈のことを拉致したいようだ。
けれども、「命の危機」とやらについては確かに気になる。
(もしかしたら、お兄ちゃんの事件の詳しい話も聞けるかもしれないし)
紗理奈は覚悟を決める。
「分かりました、話だけは聞かせてもらいます」
「では行こう」
近江の有無を言わさぬ高慢な態度に腹を立てながらも、紗理奈は彼の車へと運び込まれたのだった。