【短】卒業〜新井かんなの場合〜

そしてこれからの2人

「私は……あなたが求めるものを、あげられるかわからない」
親にさえ必要とされず、誰かと心を通わす事をしてこなかった私は、相手に有益ななにかを提供できる自信がない。

彼がゆっくりと口を開く。

「何かを差し出そうと思わなくていい。今のお前のままで。口下手で、臆病で、自分に自信がなくて、でも他人を思いやる事を忘れない等身大のかんなでいいんだ」

そこまで言われた時、私の頬に温かい何かが伝ったのがわかった。
歪んだ視界の向こうに、甘く微笑む彼が見える。


私は私でしかないから。
歩んできた過去は変える事は出来ないから。
でもありのままの私でいいと言われたら、もう返す言葉がない。

「……最高の口説き文句ね」

泣き顔を見られたことがなんとなく恥ずかしくて、可愛くない言い方をしてしまう。

「俺は最高だろ?だから諦めて俺の女になれ」

再び手を差し出してくる姿に、既視感を感じる。
この手を取ったあの日には、実は私の心はもうこの男に囚われていたのかもしれない。
私にぬくもりを教えてくれた人。
私は私のままでいいと、ありのままを受け止めてくれた人。

私はそっとその手の上に自分の手を重ねる。
心許す存在をつくることはやっぱり少し怖い。
でも彼ならば、臆病な自分ごと受け止めてくれると信じられるから。
彼の為ならば、殻を破って新しい世界に踏み出す勇気が持てるから。

「よろしくお願いします」

心底嬉しそうに微笑む彼を見て、私も自然と笑顔になる。
強く握られた手を自分からもしっかりと握り返しながら、これから始まる2人の未来に想いを馳せる。


《完》
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