最後の旋律を君に

プロローグ

ピアノの音が、遠くで響いていた。

静寂に溶けるような、美しくも儚い旋律。
夜明け前の月光のように淡く、それでいて確かに心を揺らす音だった。

――私は、もうピアノを弾かない。

そう決めたはずなのに、胸の奥がざわめく。

舞台の上。
真っ白なグランドピアノの前に座るのは、高城奏希。

彼の指先が鍵盤に触れるたび、音が生まれ、流れ、響いていく。
観客の誰もが息をのむほど、その音は"生きていた"。

ただ、見惚れた。

どうして、こんなふうにピアノが弾けるのだろう。
私には、決して奏でられない音。

指先が、震える。

知っている。
"ピアノが好き"だけでは、何も届かないことを。
"努力"だけでは、才能には敵わないことを。

どれだけ頑張っても、響歌にはなれない。
どれだけ祈っても、私は"特別"にはなれない。

ずっと、そう思っていた。
……あの日、彼の音に出会うまでは。

この旋律の先に、私は何を見つけるのだろう――。
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