最後の旋律を君に

壊された旋律

静まり返ったホールに、スポットライトが灯る。
私と響歌が並んで座るステージ上。
正面に広がる満席の客席が、心臓を強く締め付けた。

(これが……最後の舞台)

指先が、わずかに震える。
ピアノの鍵盤の上にそっと手を置くと、冷たい感触が肌に伝わった。

隣にいる響歌は、余裕の笑みを浮かべている。
彼女にとって、この舞台は"成功して当然"の場所だ。
だけど私にとっては、全く違う。

私は、この舞台を最後にピアノを捨てる――

演奏が始まる。
響歌の歌声が、ホールいっぱいに響き渡る。
透き通るような高音、華やかで力強い歌声は、観客の心を一瞬で掴んだ。

私は、ただその伴奏を弾くだけ。
妹を引き立てるための音。
私が弾く意味なんて、きっと誰も気にしない。

(それでいい……それで……)

でも、思った以上に指が動かない。
普段通りに弾いているはずなのに、何かが違う。
心が、音に乗らない。

そして、ついにその瞬間が訪れた。

ミス――

指が鍵盤を滑り、和音が濁る。
一瞬の沈黙。

観客がざわめく音が、耳に突き刺さる。
響歌が眉をひそめ、ちらりとこちらを見る。

――しまった。

取り戻さなきゃ。
そう思えば思うほど、焦りが胸に広がり、頭が真っ白になっていく。
再び指を動かすけれど、今度はタイミングがずれる。
響歌の歌と合わなくなり、さらに観客が騒ぎ始めた。

「……はぁ」

響歌が大きく息を吐く音が、はっきりと聞こえた。

そして次の瞬間、マイクを通して、あからさまに言った。

「お姉ちゃん、本番でミスなんて恥ずかしいよ?」

その言葉が、ホール中に響き渡る。
観客が笑う。
クスクスと、まるで見世物を眺めるように。

「やっぱり、妹さんの方が才能あるわよね」
「伴奏のせいで台無しじゃない?」
「かわいそうに、姉妹で比べられるってキツいね」

耳を塞ぎたかった。
何も聞きたくなかった。

――もう無理だ。

演奏を続けなきゃいけないのに、指が動かない。
目の前の鍵盤が、ぼやけていく。
涙があふれそうになるのを、必死でこらえた。

終わりにしよう。

こんな苦しい思いをするくらいなら、ピアノなんてやめてしまえばいい――

そう決めたのは、このときだった。

コンサートは、私にとって"ピアノの最後の舞台"となった。
それが、このときの私の"限界"だった。
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