最後の旋律を君に
家に帰ると、玄関の扉を開けた瞬間、鋭い声が飛んできた。

「お姉ちゃん、どこ行ってたの?」

リビングのソファに座っていた響歌が、腕を組んでこちらをじっと見つめている。
ふわりと可愛らしいパジャマを着ているのに、その表情はまるで取り調べをしている刑事のようだった。

「え……別に、ちょっと出かけてただけだけど……」

言葉を濁すと、響歌はじっと私の顔を見つめた。

「ふーん?」

その目が、何かを探るように細められる。

「ねえ、お姉ちゃんってさ、ピアノもうやらないんじゃなかったっけ?」

「……え?」

「なのに、今日はピアノのコンサートに行ってたよね?」

ギクリとする。
まさか、響歌が知っていたなんて――。

「どうして、それを……?」

「ふふ、鈴子さんがSNSに上げてたよ。"律歌と一緒に高城奏希のコンサート!"って」

鈴子――!?

私は慌ててスマホを取り出し、鈴子の投稿を確認する。
本当に、それっぽい内容の投稿がされている。
律歌の名前こそはっきり出ていないものの、「一緒に来た」と書かれている時点で、響歌には十分バレる要素になっていた。

「……別に、ただ見に行っただけ」

「ふーん?」

響歌は私の前に歩み寄り、くるりと私の周りを一周するようにして顔を覗き込んだ。

「お姉ちゃん、まさかピアノに未練があるの?」

「……そんなことないよ」

「ほんとに?」

響歌はニヤリと笑う。

「まあいいけど。どうせお姉ちゃんがまたピアノを始めたところで、私には敵わないしね」

胸がチクリと痛む。

響歌は軽い調子で言っているけれど、その言葉には確かに棘があった。

「じゃあ、もういいや。あ、そうだ、お母さんがね、お姉ちゃんのためにまたコンサートの話持ってきてたけど、断っといたから」

「え……?」

「だって、お姉ちゃんピアノやめたんでしょ? もう必要ないよね?」

勝手に、そんなことを――?

「ちょっと、それって……」

言い返そうとしたけれど、響歌の挑発的な笑みを見た瞬間、言葉が喉の奥で詰まった。

(……何を言っても、無駄だ)

結局、私は「そう……」とだけ呟き、足早に自分の部屋へ向かった。

ドアを閉めた瞬間、深いため息が漏れる。

(やっぱり、私は……ダメなんだ)

胸の奥に、じわりと広がる敗北感。

けれど――

スマホの画面に映る「高城奏希」の名前を見つめながら、私は少しだけ迷った。

本当に、このままでいいのだろうか――?
< 10 / 62 >

この作品をシェア

pagetop