最後の旋律を君に
家に帰ると、玄関に響歌の靴が無造作に脱ぎ捨てられていた。

(また適当に脱いでる……)

律歌は小さくため息をつきながら、自分の靴をそっと揃えて玄関を上がった。

リビングからは、母と響歌の話し声が聞こえてくる。

「今日はレッスンどうだったの?」

「うん! 先生がすごく褒めてくれた! やっぱり、もっと大きな舞台で歌いたいな〜」

「さすが響歌ね! あなたは生まれつきの才能があるもの。お姉ちゃんとは違って」

――お姉ちゃんとは違って。

一瞬、律歌の足が止まった。

もう聞き慣れたはずの言葉。

それなのに、やっぱり胸が痛む。

何も言わず、律歌は自分の部屋へ向かった。

カバンをベッドに放り投げ、制服のまま机に座る。
スマホを取り出し、奏希さんとのメッセージを見つめた。

『了解。じゃあ、明日放課後、うちのピアノ室で待ってる』

たったそれだけの言葉なのに、不思議と安心できた。

(……本当に、行ってもいいのかな)

迷いはある。

けれど、このまま何もしなかったら、きっと後悔する。

律歌は深呼吸し、スマホをぎゅっと握りしめた。

「……行こう」

そう決めた瞬間、少しだけ心が軽くなった気がした。

---

放課後

律歌は学校を出ると、そのまま奏希さんの家へ向かった。

高城財閥の御曹司――そう呼ばれる彼の家は、まるでお城のようだった。

門をくぐると、手入れの行き届いた庭が広がり、その奥には大きな洋館がそびえている。

(こんなところに住んでるなんて……)

圧倒されそうになりながらも、律歌は足を進めた。

インターホンを押すと、執事らしき男性が丁寧に出迎えてくれる。

「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」

案内されたのは、広々としたピアノ室だった。

中央には、黒く輝くグランドピアノが鎮座している。

(すごい……)

思わず息を呑む。

すると、奥のソファに座っていた奏希が、ゆっくりと立ち上がった。

「来たんだね」

穏やかに微笑む彼の顔を見た瞬間、不安がほんの少しだけ和らいだ気がした。
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