最後の旋律を君に
コンサートが終わった後、私は楽屋の片隅でひとり、静かに座り込んでいた。
手のひらをじっと見つめる。
さっきまでピアノを弾いていた指が、まだ震えていた。
扉の向こうから、響歌の弾んだ声が聞こえてくる。
「ねえ、ママ、パパ、今日の私の歌、すっごく良かったでしょ? お姉ちゃんがミスしたのは残念だったけど!」
「あら、響歌ちゃんは完璧だったわよ。さすが私たちの娘ね」
「ええ、本当に素晴らしかった。観客も大満足だったみたいだし、次はもっと大きな舞台で――」
私の名前は、どこにもなかった。
まるで私は最初からこの舞台にいなかったかのように。
ドアの隙間から響歌の笑顔が見えた。
親の前では完璧な優等生の顔。
でも、私は知っていた。
あの笑顔の奥にある、冷たい嘲笑を。
「お姉ちゃん、お疲れさま」
楽屋に戻ってきた響歌が、にっこりと微笑む。
けれど、その瞳の奥にあったのは、勝ち誇った光。
「本番でミスなんて、ダメだよ。せっかくの大舞台だったのにね」
――わかってる。そんなこと、言われなくても。
「でもまあ、お姉ちゃんはピアノやめるんでしょ? だったら、別にいいか」
――やめる?
驚いて顔を上げると、響歌はクスクスと笑った。
「だって、さっきの演奏、ひどかったもん。お姉ちゃんにはピアノの才能なんてないんだから、もう諦めたほうがいいよ」
――諦める。
その言葉が胸の奥に深く沈み込んでいく。
もう、限界だった。
私はゆっくりと立ち上がり、楽譜が詰まったバッグを手に取った。
ピアノの鍵盤を押し、音を奏でることが、こんなにも怖いと感じたのは初めてだった。
「……うん、もうやめる」
絞り出すように、そう言った。
その瞬間、響歌が満足げに微笑んだ。
「そう、それがいいよ、お姉ちゃん」
彼女のその言葉が、妙に優しく響いた。
この日、私はピアノを捨てた。
それが、私にとっての唯一の"逃げ道"だったから。
手のひらをじっと見つめる。
さっきまでピアノを弾いていた指が、まだ震えていた。
扉の向こうから、響歌の弾んだ声が聞こえてくる。
「ねえ、ママ、パパ、今日の私の歌、すっごく良かったでしょ? お姉ちゃんがミスしたのは残念だったけど!」
「あら、響歌ちゃんは完璧だったわよ。さすが私たちの娘ね」
「ええ、本当に素晴らしかった。観客も大満足だったみたいだし、次はもっと大きな舞台で――」
私の名前は、どこにもなかった。
まるで私は最初からこの舞台にいなかったかのように。
ドアの隙間から響歌の笑顔が見えた。
親の前では完璧な優等生の顔。
でも、私は知っていた。
あの笑顔の奥にある、冷たい嘲笑を。
「お姉ちゃん、お疲れさま」
楽屋に戻ってきた響歌が、にっこりと微笑む。
けれど、その瞳の奥にあったのは、勝ち誇った光。
「本番でミスなんて、ダメだよ。せっかくの大舞台だったのにね」
――わかってる。そんなこと、言われなくても。
「でもまあ、お姉ちゃんはピアノやめるんでしょ? だったら、別にいいか」
――やめる?
驚いて顔を上げると、響歌はクスクスと笑った。
「だって、さっきの演奏、ひどかったもん。お姉ちゃんにはピアノの才能なんてないんだから、もう諦めたほうがいいよ」
――諦める。
その言葉が胸の奥に深く沈み込んでいく。
もう、限界だった。
私はゆっくりと立ち上がり、楽譜が詰まったバッグを手に取った。
ピアノの鍵盤を押し、音を奏でることが、こんなにも怖いと感じたのは初めてだった。
「……うん、もうやめる」
絞り出すように、そう言った。
その瞬間、響歌が満足げに微笑んだ。
「そう、それがいいよ、お姉ちゃん」
彼女のその言葉が、妙に優しく響いた。
この日、私はピアノを捨てた。
それが、私にとっての唯一の"逃げ道"だったから。