最後の旋律を君に
部屋の中に、静かな沈黙が流れていた。

響歌は俯いたまま、小さく息を吐いた。

律歌はその姿をじっと見つめ、胸の奥が温かくなっていくのを感じていた。

ずっと妹の態度は憎しみや嫉妬からだと思っていたが、実はそれが罪悪感と恐れからきていたなんて。

(響歌も、ずっと苦しんでいたんだ)

律歌は静かに近づき、響歌の肩に優しく手を置いた。

「……ありがとう、響歌」

響歌の肩がピクリと震えた。

「私、ずっと響歌のことを憎んでると思ってた?」

響歌はゆっくり顔を上げ、瞳の中に不安と戸惑いが滲んでいた。

「……だって、お姉ちゃん、私のこと避けてたじゃん」

「避けてたというより……自信がなかったんだと思う」

律歌は小さく微笑んだ。

「私、響歌と比べられるのが怖かった。響歌は才能があって、私はそれがないってずっと思ってた。どんなに頑張っても追いつけないって……だから、ピアノをやめたのは響歌のせいじゃないよ」

響歌の目が驚きで大きく開かれる。

「……でも、私、お姉ちゃんに嫌なこといっぱい言ったし……」

「うん、正直、つらかったよ」

律歌は素直に言葉を紡ぐ。

「響歌にバカにされたり、邪魔されたりするたびに、自分が何の価値もない人間みたいに思えて……悔しかった。でもね、今になって気づいたんだ」

響歌が小さく息を呑む。

「響歌も、つらかったんだよね?」

「……っ」

律歌の言葉に、響歌の目が揺れる。

「私がピアノを弾くのが怖かったんでしょ? 私がまた弾き始めたら、響歌は私に申し訳なく思うから……それが苦しかったんだよね」

響歌は唇を噛みしめた。

「そんなこと……私、ただ意地悪しただけで……」

「違うよ」

律歌は優しく首を振る。

「私、響歌の本音が聞けてよかった。今までずっと響歌を恨んでると思ってたけど、本当は違ったんだって分かったから」

響歌は目を伏せ、震える声で言った。

「……お姉ちゃん、今までごめんなさい」

律歌はそっと響歌の頭を撫でた。

「もういいよ。私もごめんね、今まで気づいてあげられなくて」

その瞬間、響歌は小さく肩を震わせた。

そして、ぽつりと呟いた。

「……私、お姉ちゃんのピアノ、本当に好きだったんだよ」

律歌の目に、熱いものが込み上げてきた。

「うん……私も、響歌の歌、大好き」

二人はそっと見つめ合う。

今までずっとすれ違っていた姉妹の心が、ようやく重なった気がした。
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