最後の旋律を君に

限られた時間

 病室の扉が静かに開いた。

 「奏希さん、ご家族の方もいらっしゃいますね」

 落ち着いた声とともに、白衣をまとった医師が入ってくる。

 奏希さんはベッドに座り直し、まだ力の入らない体を支えるように背もたれに寄りかかった。

 奏希さんの両親、私の両親、響歌、鈴子、そして律歌。

 全員が息をのむように医師を見つめていた。

 「奏希さんが意識を取り戻したことは、本当に喜ばしいことです。ただ……お伝えしなければならないことがあります」

 病室の空気が、一気に重くなる。

 律歌は無意識に手を握りしめた。

 「……奏希さんの病状ですが、残念ながら、進行が予想以上に早まっています」

 医師の静かな言葉に、奏希さんの母親が小さく息をのんだ。

 「つまり……どういうことですか?」

 父親が搾り出すように尋ねる。

 医師は一瞬、言葉を選ぶように目を伏せた。

 「余命は……半年ほどです」

 ――一瞬、時が止まった。

 誰もが言葉を失い、息をすることさえ忘れてしまいそうな沈黙が広がる。

 「そんな……」

 律歌の声が震える。

 「半年……しか……」

 指先が冷たくなっていくのを感じながら、律歌は奏希さんの横顔を見つめた。

 だが、奏希さんは驚いた様子もなく、ただ静かに天井を見上げていた。

 「……そうですか」

 穏やかな声。

 その落ち着きが、余計に胸を締めつけた。

 「もちろん、できる限りの治療は尽くします。ただ……根本的な回復は……」

 「先生、それ以上は大丈夫です」

 奏希さんは微笑んだ。

 「もう、自分の体のことはわかっていますから」

 あまりにも静かで、あまりにも残酷な受け入れ方だった。

 律歌の目に涙が滲む。

 「そんなの……嫌だよ……!」

 思わず声をあげると、奏希さんはそっと律歌の手を握った。

 「ねえ」

 呼ばれて、律歌は涙で滲んだ視界の向こうに、穏やかに微笑む奏希さんの顔を見た。

 「大丈夫だよ」

 優しくて、だけど儚い微笑み。

 律歌はたまらなくなって、ただ首を振った。

 ――どうして。

 ――どうしてこんなにも受け入れられるの?

 余命半年。

 その言葉が、胸の奥に重くのしかかる。

 この手を、二度と離したくないと願ったのに。

 だけど――

 「奏希さん……」

 律歌は震える唇を噛みしめた。

 こんなにも大切な人が、あと半年しか生きられないなんて。

 それでも、奏希さんは微笑んでいる。

 ――だったら、私が奏希さんの時間を、幸せなものにする。

 込み上げる涙を拭い、律歌はそっと、奏希さんの手を強く握り返した。
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