最後の旋律を君に
 白く静かな病室。

 カーテンの隙間から柔らかな日差しが差し込み、ベッドの上の穏やかな寝顔を優しく照らしていた。

 「……奏希さん」

 律歌は、そっと名前を呼びながら、彼の隣の椅子に腰を下ろす。

 数日前、倒れた彼が病院に運ばれてから、ずっと目を覚まさなかった。

 「しばらく安静が必要」と医師は言った。けれど、意識が戻るのを待つ時間は、あまりにも長く感じた。

 胸が締めつけられるような不安を抱えながらも、それでも信じて待ち続けた。

 ――そして、ついに。

 「……ん……」

 微かに指先が動く。

 まぶたがかすかに揺れた。

 「奏希さん!」

 律歌は息をのむ。

 ゆっくりと、重たそうな瞼が開かれる。

 「……君?」

 掠れた声が、静かな病室に響いた。

 その瞬間、律歌の目に涙がにじむ。

 「よかった……本当によかった……!」

 安堵のあまり、涙が頬を伝った。

 奏希さんはぼんやりと律歌を見つめ、かすかに微笑む。

 「……泣いてるの?」

 「泣くよ!だって……ずっと心配で……!」

 律歌は拳を握りしめ、必死に涙を拭った。

 「ごめん……そんなに心配かけて……」

 奏希さんの手が、そっと律歌の手に触れる。

 「でも、大丈夫。ほら、ちゃんと起きたよ」

 優しい声。

 その言葉に、律歌は何度も頷いた。

 「もう、無理しないで……ちゃんと、自分のことも大事にして……!」

 「……うん。約束する」

 微笑む奏希さんの顔は、少しだけやつれていた。けれど、その穏やかさは変わらなかった。

 律歌は、そっと奏希さんの手を握りしめる。

 ――この手を、二度と離したくない。

 そう強く思いながら、涙の奥で奏希さんの微笑みを焼きつけた。
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