最後の旋律を君に
病室の扉を静かに開けると、ベッドに座っていた奏希くんが顔を上げた。

 「律歌」

 名前を呼ばれるだけで、胸がぎゅっと締めつけられる。さっきお母さんと話したことで、改めて自分の気持ちが強くなったからかもしれない。

 「……お見舞いに来たよ」

 微笑むと、奏希くんも柔らかく笑みを返した。

 「ありがとう。待ってた」

 その一言だけで、心が温かくなる。

 ベッドのそばまで歩み寄ると、奏希くんがじっとこちらを見つめた。

 「どうかした?」

 首をかしげると、彼は小さく息をついた。

 「……なんか、安心した」

 「安心?」

 「うん。さっきまで、心が落ち着かなかった。でも、律歌の顔を見たら、不思議と楽になった」

 その言葉が胸に染みる。自分の存在が、少しでも彼の支えになれているなら、それだけで嬉しかった。

 「私、奏希くんのそばにいるよ」

 そう伝えると、奏希くんの瞳が一瞬揺れた。

 次の瞬間――。

 「律歌……」

 ふいに腕を引かれ、気がつけば彼の腕の中にいた。

 「え……」

 驚いて声を上げたけれど、それはすぐに消えた。

 奏希くんの腕は優しく、それでいてどこか必死な強さを帯びていた。背中に回された手が、微かに震えているのがわかる。

 「奏希くん……?」

 「……怖いんだ」

 囁くような声が耳元に触れる。

 「余命なんて、気にしてないって言いたい。でも、本当は怖い。あと何回、この時間が続くのかわからないことが……」

 胸が苦しくなった。

 「大丈夫だよ、奏希くん」

 そっと腕を回し、彼の背中に手を添える。

 「私がいる。ずっとそばにいるから」

 そう囁くと、奏希くんの腕がさらに強くなる。

 「ありがとう……律歌」

 その声は、微かに震えていた。

 律歌はそっと目を閉じ、彼の温もりを感じながら、ただ静かに願う。

 ――どうか、この時間が少しでも長く続きますように。
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