最後の旋律を君に

響く音色

翌日、律歌は学校の授業を終えると、真っ直ぐ病院へ向かった。
奏希くんの顔が見たかったし、何より昨日の抱擁の温もりがまだ胸に残っていて、彼に会いたい気持ちを抑えきれなかった。

 病室の前に立ち、ドアをノックしようとした瞬間――。

 「宵崎さん、ちょっといいですか?」

 背後から優しい声がした。振り返ると、担当の先生が立っていた。
 白衣のポケットにはカルテが挟まれていて、表情は穏やかだったが、何か話があるようだった。

 「私に……ですか?」

 「ええ。少しお時間をもらえますか?」

 律歌は頷き、先生の後についてナースステーションの奥にある小さな会議室へと入った。

 「先日、あなたが相談していた件ですが……」

 先生はゆっくりと切り出した。

 「病院側で話し合った結果、奏希さんの病室があるフロアのリハビリ室に、グランドピアノを設置できることになりました」

 「……えっ!」

 驚きで息を呑む。

 「本当ですか? あのグランドピアノを……?」

 「ええ。もともと病院には電子ピアノしかなかったのですが、以前別の病院で使われていたグランドピアノを寄付してくださる方が見つかったんです。搬入には少し時間がかかりますが、近いうちに設置できる見込みです」

 「よかった……」

 思わず胸を撫で下ろした。奏希くんのために何かしてあげたくて考えたことだったけれど、まさか本当にグランドピアノが置けるようになるなんて。

 「宵崎さんが奏希さんのために何かできないかと考えてくれたこと、とても素敵だと思います」

 先生の言葉に、律歌は少し恥ずかしくなりながらも、嬉しさがこみ上げてきた。

 「ありがとうございます。これで、奏希くんにもっとピアノを弾いてもらえます……」

 「そうですね。ただ、彼の体調を見ながら、無理のない範囲で使うようにしてくださいね」

 「はい……!」

 嬉しさを胸に、律歌は病室へと急いだ。

 このことを奏希くんに伝えたら、どんな顔をするだろう?

 あの穏やかな笑顔を思い浮かべながら、自然と足取りが軽くなっていた。
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