無口な脳外科医の旦那様、心の声(なぜか激甘)が漏れてます!
第一章 離婚してください
私、加賀谷羽菜(かがやはな)は物心がつく前に母を亡くした。誰よりも母を愛していた父の嘆きはとても深いものだったそうだ。それでも残された兄と私を愛情をもって……そして厳しく育て上げてくれた。
『あなた……子供たちをお願いします。どうか大切に愛してあげて。でも決して甘やかさないでね、それがあの子たちの為だから』
母が最期に残したという願いの言葉を、父は忠実に守ったのだ。
質素倹約、自立自存。何事も挑戦する前から諦めないように最大限努力せよと。それはまだ幼かった兄妹には少々厳しくて、とくに私は何かと反発しては親子喧嘩ばかりしていたと思う。
それでも幼い頃に叩き込まれた教えは二十七歳になった今でも、私の心に深く刻み込まれている。
不満だらけの結婚生活にも、約一年の間、文句ひとつ言わずに耐えてしまうくらいに。
もう少し頑張ったら上手くいくかもしれない。幸せとまでは言わなくても、人並の結婚生を送ることができるかもしれない、諦めないでもっと頑張らなくては。そう自分に言い聞かせ続けて。
初夜の放棄というとんでもないスタートを切った結婚生活。夫はいつも不在で顔を合わす機会はほとんどない。そんな状況でもフォローひとつなく放置される。
どう考えても夫としての自覚がない相手に対して、私は関係改善を目指してひとり前向きに辛抱強く頑張っていた。けれどあるとき、ふと思った。
本当にこのままでいいのだろうかと。
結婚してあと少しで一年ということは日数にすると約三百六十五日。そのうち夫が帰宅したのって何日だった? 百日もなかったんじゃない?
一度気になると居ても立っても居られなくなって直ぐに調べた。
結果は酷いものだった。夫がまともに在宅したのは六十日。一か月平均にするとたったの五日。
改めて確認したその事実に私は衝撃を受けた。
いくら愛がない政略結婚だったとはいえ、あまりにひどくないだろうか。
これではいくら私が努力をしても、夫婦関係がよくなるわけがない。だって顔を会わす機会すら滅多にないのだから。
おそらく夫は仮面夫婦を望んでいるのだ。