無口な脳外科医の旦那様、心の声(なぜか激甘)が漏れてます!
第二章 まるで愛妻家のような
「という訳で、階段から落ちて気絶してからずーっと克樹さんの心の声が聞こえるの」
退院二日後。私はお見舞いに来てくれた和(わ)藤(とう)杏(きょう)子(こ)に、ここ一週間の出来事を包み隠さず打ち明けた。
ブラックとホワイトのストライブシャツに、細身のパンツスタイル。ノーカラーのジャケットを肩に羽織った彼女は、まるでファッション誌から飛び出してきたかのように隙がない。
百七十センチと長身なので、ゆるやかなウエーブがかかったボリュームがあるロングヘアでもバランスが悪くならずに似合っている。
切れ長の目と高い鼻梁のクールな印象の美人の彼女とは小学生のころからの付き合いの親友だ。
長年苦楽を共にと言ったら大げさだけれど、彼女の前ではかっこ悪いところを散々見せて来ているので今さら張る見栄なんてない。
たとえこの非現実的な話をしたことでドン引きされてもダメージはないのだ。
私の話を聞き終えた杏子は、何とも言えない表情になった。
「情報量とツッコミどころが多すぎて、なんて言ったらいいのか」
その気持ちは分かる。私はうんうんと頷きながらお茶のお代わりを淹れる。
一気に話過ぎて喉が渇いてしまった。
「ええとまず、離婚しようとしていることも初耳なんだけど。この前会ったときは克樹さんの誕生日プレゼントに何を買おうかって悩んでたよね、離婚の気配ゼロだった気がするんだけど」
私は深く頷いた。
「その誕生日イベントが離婚を考えるきっかけになったのよ」
「喧嘩でもしたとか?」
杏子が意外そうに目を瞬く。私と克樹さんは結婚してから一度も喧嘩をしたことがないと知っているからだ。
「喧嘩にはならなかったけど、ものすごく素っ気なかったの。当日は深夜帰宅だったからお祝いは出来なかったけど、起きて待っていてプレゼントを渡したの」
深夜一時。私は必死に睡魔に耐えながら待っていたのだ。誕生日は過ぎてしまったけれど、それでも早くお祝いを言おうと思って。
「要らないって突き返されたとか?」
杏子がテーブルに身を乗り出してくる。
「ありがとうって言われたけどそれだけ。淡々として全然うれしそうじゃなかった」
「うーん、微妙じゃない? 羽菜としては不満だろうけど、離婚されるような落ち度とも言えないよ」
「分かってる。でもそのとき気づいてしまったの。この様子じゃ来月の結婚記念日も同じように何事もなかったかのように過ぎるんじゃないかって」
「それで?」
「私たち夫婦は一年経っても仮面夫婦みたいでしょ? これ以上頑張ってもよくなることはないって悟ったの。克樹さんだって私が気に入らないからあんな態度なんだろうしお互いの為に離婚した方がいいじゃない?」
杏子は腕を組んで首を傾げた。
「それはどうなんだろう。だって羽菜のところは政略結婚だからね」
「だから克樹さんと協力して上手く根回しようと思ってたの。断られるなんて思ってなかったから」
むしろ喜ぶと思っていた。
「どうして離婚したくないんだって?」
「理由は言ってなかった。彼は口数が少なくて必要最低限のことしか言わないから。それでもあの日はよくしゃべった方なんだけどね」
私から話しかけてもたいてい「ああ」とか「分かった」で終わる。克樹さんから話題を振って来たことはない。
「おかげで私まで無口になったかも」
結婚して専業主婦になってから、日によっては誰とも会わないときもある。そんなときは圧倒的に話す機会が少なくなる。せいぜい独り言を呟くくらいだ。
「こんなことなら仕事辞めなければよかったなあ……」
私は結婚前、大手コンサルティング企業の管理部門で働いていた。仕事はやりがいがあり、優秀な同僚と切磋琢磨しながら充実した日々を過ごしていた。