無口な脳外科医の旦那様、心の声(なぜか激甘)が漏れてます!

 翌日から克樹さんの顔を見ない生活が戻ってきた。

 ただ以前と違うのは、ごく短い滞在時間でも帰宅するところだ。
 時間はまちまちで午前中とか夜遅くとかにふらりと帰ってくる。共通するのは慌ただしいところ。
 私と一言二言話してからシャワーを浴びて、自室で少し過ごしてから着替えて病院に戻って行く。
 ひどくハードな勤務体制だ。以前の私は多忙だとはいっても、まさか家にいない時間の全てが仕事だとは思っていなかった。仕事以外にも当然プライベートの外出があるのだろうと考えていたのだ。

 でも克樹さんは、息抜きに遊びに行っている訳ではないようだった。
 毎日毎日忙しくて、そんな中でも私を気にして、不在がちなことを申し訳ないと考えている。
 病院で仮眠を取った方が時間を有効に使えるだろうに、わざわざ帰宅するのは私が離婚を切り出しているからだろう。
 おそらく私が夫婦なのに歩み寄れていないとか、全然帰ってこないとか訴えたのを覚えていて、これ以上文句を言われないようにするために無理やり帰ってくるのだ。

 今となっては私はもう歩み寄りを望んでいないけれど、克樹さんは離婚を反対しているから、私が上げた不満を解決しようとしている。再構築中のつもりでいるかのような態度だ。 
 比べて私はずっと家にいる。仕事は辞めて専業主婦だ。
 でも子育てだったり介護だったり、夫の食事管理などをこなしているような忙しい主婦とは違って、私にはやるべきことがあまりない。だからか罪悪感を抱かずにはいられなかった。

 それに……克樹さんの仕事ぶりはいくらなんでもおかしくないだろうか。
 医者が大変な仕事なのは分かっている。でもこんな人生のすべてを仕事に捧げるような働き方をしていたら克樹さんがダウンしてしまう。

 加賀谷総合病院は地元だけでなく遠方からの患者も抱え、多くの医療関係者が勤める基幹病院だ。克樹さん以外にも優秀なドクターが沢山働いている。それなのにこれほど忙しいのはどうしてだろう。

 今の彼が自主的に仕事を抱えているとは思えない。だって心の声ではもっと帰って来たいと言っているのだから。
 ということは、何か事情があるのだろう。でもそれが何か分からない。

 以前に比べたら格段に私と会話をしようとしている克樹さんだけれど、やっぱりまだまだ言葉が足りない。とくに仕事については守秘義務があるというのもあるだろうが、それを差し引いても話さない。
 心の声ですら仕事関係の呟きをしないから、私は彼の職場での様子がイメージできない。だからつい心配してしまうのだけれど……。

 もやもやしていいた私はそのときふと思い立った。
 克樹さんから聞き出せないなら、私が直に様子を見にいけばいいんじゃない?

 これまでは名ばかりの妻の私が病院に出入りするのは歓迎されないだろうと控えていたけれど、今となっては克樹さんや義実家の評価なんて気にしなくていいんじゃない?

 克樹さんが反対している以上、すぐには離婚できないから今の生活が続いていく。
 でも私が今までと同じように、大人しくしている必要はないのだ。

 私だって意見を言う権利はあるはず。
 もしそれが克樹さんにとって嫌なことなら、離婚の話が急速に進むかもしれないし、どちらにしても私に損はない。
 受け身でいるより動いてみよう。
 私はひとり決心を固めたのだった。
 
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