無口な脳外科医の旦那様、心の声(なぜか激甘)が漏れてます!
 父は相変わらず俺を疎ましく感じているようだが、俺が若手脳外科医としてメディアに取り上げられたことで、“使える”と思ったようだ。
 親子としての情はないが、医師としては多少尊重してくれるようになった。脳神経外科の設備を強化したいと要望を出したときも、オペの件数を増やすのを条件に承認してくれた。
 利益優先の父は仕事に私情は持ち込まない。

 しかし義兄は父の決定に強い不満を抱いているようだ。彼が希望していた内科の設備リニューアルに予算が回らなかったというのもある。
 義兄と俺の間の溝はますます深くなっている。

 今も美聖に優しい笑顔を向ける一方、俺に対する敵意は隠していない。
 ぎすぎすした空気に美聖だけが気づかず、のん気な声を上げる。

「そういえば、先週奥さんが入院してたんだってね。どうして教えてくれなかったの? 知っていたらお見舞いに行ったのに」
「必要ないからだ」

 それに知らない相手が訪ねて来ては羽菜が休めなくなる。
 しかし美聖は、俺のは発言を違う意味に受け取ったようで、気の毒そうに眉を下げる。

「克樹は相変わらず冷たいわね。奥さん可哀そう」
「可哀そう?」
「だって同僚にも紹介して貰えない妻って惨めじゃない? そんなに奥さんが気に入らないの?」

 美聖の発言に内心驚愕した。

 なぜそのように受け止めるのだろうか。
 気に入らないのは俺を目の仇にする義兄と、普段から何かと過干渉な美聖の方だ。
 そんな面倒な人間と関わらせて羽菜を煩わせたくない。ただそれだけだというのに。

「まあ克樹にそういった気遣いを求めるのは無理かもしれないな。美聖そろそろ戻ろう」

 義兄が美聖を促して去って行く。ようやく解放されて俺はほっと息を吐いた。
 義兄の俺に対する発言はいつも嫌みだが今日は特に棘があった。俺と羽菜の不仲が相当愉快なのだろう。
 義兄は初めから俺と羽菜との結婚に、不満を持っていた。
 あれは今から約一年半前、父から羽菜との政略結婚を指示されたときの記憶が蘇る――。

 
 ある日、仕事後に実家に寄るように言われたので訪ねると、広いリビングルームに父と継母と義兄が揃っていた。

『克樹、お前に縁談がある。相手は笹岡家の令嬢だ』

 笹岡家は地元の名士として知られている。戦前は子爵の地位にあった旧華族だそうで先祖から受け継いだ一等地の土地や流動財産を元にした資産運用に成功し、莫大な富を築いている。
 加賀谷総合病院が建つ土地も、元々は笹岡家のものだった。祖父が開業した当時は借地だったが、手狭な医院を増築する際に良心的な価格で譲り受けたそうだ。
 笹岡氏と祖父はプライベートでも親しくしていたそうで、これまで何度か資金援助をしてもらっている。
 それは祖父との個人的な関係というだけではなく、地元の医療の発展の為への融資とのことで、笹岡氏も立派な信念を持つ人物なのだろう。

 祖父が亡くなったときは、急なことなのに告別式に駆けつけてくれた。
 俺も挨拶をしたはずだが、祖父がいなくなったことで動揺していたため、記憶が曖昧だ。
 それ以降希薄になっていた笹岡氏との関係を気にしていた父は、先方から縁談も申し出を受けて歓喜した。
 一も二もなく了承し、俺に必ず見合いを成功させろと厳命したのだ。
 不満を訴えたのは継母と義兄だ。
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