無口な脳外科医の旦那様、心の声(なぜか激甘)が漏れてます!

 羽菜が突然病院にやってきたのは、当直翌日の昼時だった。
 同僚の医師から「奥さんが来ている」と連絡を貰い、羽菜が待っているという中庭に駆けつけると、ベンチに座っていた羽菜こちらに目を向けた。

「克樹さん、お疲れさま」
「羽菜……どうしてここに? 何かあったのか?」
「昼食を届けに来たの」

 言われてみると彼女の隣に大き目のバッグが置いてある。

「忙しそうだからまともに食事をしていないんじゃないかと思って。とりあえず座って」
「あ、ああ……」

 言われた通り彼女の隣に腰を下ろす。

「今だったら二十分くらい休憩を取れるって聞いたから」

 羽菜はてきぱきとバッグの中からランチボックスを取り出す。
 俺のスケジュールを把握しているようだが、いったいどうして?

「同僚の先生に聞いたの」

 まるで思考を読んだかのようなタイミングの羽菜の発言に驚いた。

「そ、そうか」
「手早く食べられるものがいいかなと思ったから、簡単なものなんだけど」

 羽菜が用意してくれたのは、厚めのベーコンと卵が入ったサンドイッチだった。
 温かなスープには野菜がたっぷり入っている。
 ここ数日の食事は昼も夜も適当だった。それほど食欲もなかったのに、羽菜の料理を見たらたちまち空腹を感じはじめた。

「ありがとう。いただきます」
「どうぞ」

 サンドイッチもスープもどちらも染みいるような美味しさだ。
 ふと見ると違う種類のサンドイッチが有った。あれはなんだろうか。

「これはバターとレーズン。レーズンが苦手じゃなかったらどうぞ」

 またもや羽菜が絶妙なタイミングで説明を入れてくれた。

「あ、ああ……」

 まるで俺が考えていることを察しているようだ。他人からは無表情で何を考えているのか分からないと言われるが、羽菜には隠し事なんてできないな。
 何もかも見透かしているような羽菜の目はとても美しい。

 俺は僅かに微笑んだ。
 彼女への感謝と好意も伝わるといいんだが。そんな願いを込めて見つめたが、彼女はぱっと目をそらしてしまった。
 不躾に見すぎたことで、機嫌を損ねてしまったのかもしれない。

「ごちそうさま。とても美味しかったよ。ありがとう」

 感謝の気持ちを伝えると、羽菜は「どういたしまして」と言いながらランチボックスを片付け始める。

「この後はどこかに行くのか?」
「ううん。病院内を少し見学したら真っすぐ帰るつもり」
「見学?」
「そう。この前入院したときはゆっくり見られなかったから」

 羽菜は全てをバッグに仕舞い込みファスナーを閉じた。

「気になることがあるのか?」
「うん。私も病院で働きたいなと思っていて、職場見学みたいな?」
「働く?」

 俺は驚き目を見開いた。同時にこみ上げる焦燥感。

「羽菜が働く必要はない。俺の収入で生活できるはずだ」

 羽菜はむっとしたように目を細めた。
 否定したことで怒らせてしまったようだ。だがここで働いたら、義兄と関わることになる。俺の妻というだけで理不尽な思いをするかもしれない。彼女をそんな目には合わせたくない。ただこの込み入った事情をどう説明すれば伝わるのだろう。
 困惑していると羽菜の表情が変化した。怒りで強張っていた表情から、何かを考えているような慎重なものになったのだ。しばらくすると彼女は口を開いた。

「仕事をしたいのは経済的なことではなく、私が家にいるより社会に出たいタイプだから」
「……それなら別の仕事でも」 
「夫と同じ病院で働くとしがらみもあるだろうから人間関係で難しい面があるのは分かってる。でも私は克樹さんと結婚すると決めたときから、いずれはここで働くつもりだったの。お見合いのときお義父様とお義母様も期待するとおっしゃって下さったし……社交辞令だったのかもしれないけど、私は頑張りたいと思ったの」

 羽菜の声に迷いはなかった。その真剣な訴えに、俺はそれ以上反対できなくなる。
 彼女が軽い気持で決めたのではないと分かったから。
 その決意をどうして俺が否定することができるだろうか。

「……分かった。だが絶対に無理はしないでくれ。困ったことがあったら何でも相談すると約束してほしい」
「もちろん」

 羽菜は明るい笑顔になった

 その後羽菜は俺や実家に頼らず自分で中途採用試験を受けた。そして退職する職員の後任として七月一日からの勤務を決めたのだった。
 懸念点が多く不安が募るが、羽菜が喜んでいる姿を見ると俺も幸せを感じる。
 彼女が安心して働けるように支えていこう。そう決心したのだった。





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