無口な脳外科医の旦那様、心の声(なぜか激甘)が漏れてます!
第四章 夫の努力を感じるとき
五月最後の週末。私と克樹さんは東京から車で四時間ほどの高原リゾートを訪れていた。
克樹さんの従弟の結婚式に夫婦揃って招待されたのだ。
晴れ渡った空の下、美しい緑の木々に囲まれた小さなチャペルでの式は清らかで温かくて、幸せそうな新郎新婦を見ていると私まで胸がいっぱいになってしまった。
どうか末永く幸せに……嬉しそうに微笑合うふたりを心から祝福した。
けれど同時に少し切なくなった。
つい自分のときと比べてしまったのだ。他人と比較して己の不幸を嘆くなんて意味がないことだと分かっている。でもお互いを信頼し合い寄り添う二人の姿が今の私にとってはあまりに眩しく見えたのだ。
感動的なシーンを目の当たりにしたことで、感傷的になっているのかもしれない。
挙式が終わり披露宴会場に移動する。かしこまった席ではなく、立食スタイルのカジュアルなパーティだそうだ。
克樹さんと共に挙式からパーティに移動する人の流れに任せて歩いていると、五十歳くらいのふくよかな女性が小走りに近づいてくるのに気が付いた。
「かっちゃん! 待って!」
予想外の呼びかけに私は瞬きをした。明らかに私たちを見ているけど、かっちゃんって?
「……美恵叔母さん? 今日は仕事で来られなかったんじゃ……」
遅れて振り返った克樹さんが、驚いた声を上げた。
「可愛い甥っ子の結婚式だもの、駆け付けるわよ。残念ながら式には間に合わなかったけど」
女性がくしゃっとした笑顔になった。飾り気のない自然な笑顔は彼女のおおらかさと朗らかさが表れているようだ。
克樹さんが叔母と呼ぶからには親族なんだろうが、全然似ていない。
「あ……かっちゃんの奥さんね? 紹介してちょうだい」
彼女は克樹さんの一歩後ろに立つ私にすぐに気づくと、克樹さんを急かす。
彼は私にちらりと視線を向けてから口を開いた。
「妻の羽菜です。羽菜、こちらは父方の叔母の沢村美恵さんだ」
克樹さんの紹介はかなり素っ気なく感じるものだったが、美恵さんは気にする様子はなく私に手を差しだしてきた。こんなふうにためらいなく握手を求める人は久しぶりだ。
「羽菜さん、初めまして。会えてうれしいわ。結婚式に出席できなくてごめんなさい」
「こちらこそご挨拶が遅れて申し訳ありません。結婚の際は素敵なお祝いを頂きありがとうございました」
私は微笑ながら美恵さんと握手を交わす。
「丁寧にありがとう。結婚祝いも気に入ってくれたのならよかったわ」
「はい。すっかり一目ぼれしてリビングに飾ってあります」
美恵さんからはお祝い金以外に、おしゃれなサンドピクチャーを頂いた。
とても私好みでインテリアにも馴染むものだったから、センスがある人だなと印象に残った。おかげで名前を聞いてすぐに頂いたお祝い品が何かを思い出すことができたのでよかった。
「わあ、うれしいわ!」
美恵さんは第一印象通り、朗らかで明るい人のようだ。父方の叔母だと言っていたが、義父にも克樹さんにも全然似ていない。
自然と三人で並んで歩く形になった。なぜか私が真ん中になり美恵さんとふたりでおしゃべりをしている。克樹さんは会話に参加する気配はなさそうだ。
叔母さんに対してそんなに素っ気ない態度でいいのかと心配になったとき、美恵さんが呆れたような声を出した。
「かっちゃんは相変わらず愛想がないわねえ。昔は明るくてやんちゃだったのに」
その発言にはかなり驚いた。克樹さんって、子供のころは普通に元気いっぱいの子供だったんだ。面影が欠片もないのだけれど。
「いつの話をしてるんですか」
克樹さんは美恵さんに文句を言うと、焦ったように私を見た。
――羽菜の前で変なことを言うのはやめてくれ!
そして心の叫びを残して、そっぽを向いてしまった。そんなに恥ずかしがるようなことじゃないのに。
「いつの話って、ほんの二十年前のことじゃない」
「大昔じゃないですか」
「そう? 私は昨日のことのように覚えているけど」
「叔母さんの記憶力は素晴らしいですね」
「あら、褒めてくれてありがとう」
ちょっと機嫌悪そうに前を向く克樹さん、仕方ないわねとでも言いたそうな表情の美恵さんとの会話がぽんぽん続く。
そんなふたりの様子を見て私は目を丸くした。克樹さんってこんなふうに会話ができるんだ。
美恵さんが彼の言葉を引き出すのが上手いというのはあるかもしれないけれど……克樹さんっておしゃべりが嫌いというわけではないのかもしれない。
心の声の方は結構多弁だし。
変に納得していると、美恵さんが肩をすくめて私を見た。
「羽菜さんも大変ね。すっかり気難しくなったかっちゃんと、兄まで側にいる環境で暮らしているんだもの」
「い、いえそんなことは……」
私は否定しながらも、美恵さんの発言に違和感を覚えていた。
美恵さんは克樹さんに対して、駄目出しをしながらも、根底に優しさを感じる言い方をしていた。気心が知れた者同士が軽口をたたくといった雰囲気だった。
でも兄のこと……私にとっては義父について語ったときはとても冷やかな目になった。
それはほんの短い時間のことだったけれど、義父と美恵さんの関係があまりよくないのではと疑うのに十分なものだった。