無口な脳外科医の旦那様、心の声(なぜか激甘)が漏れてます!

 立食パーティーの会場でも引き続き三人で過ごした。
 私と美恵さんは初対面でありながら意気投合して、多少お酒が入ったこともあり楽しくおしゃべりをした。

 彼女は加賀谷総業病院で看護師として働いていたそうだが、結婚を機に関西に移り住み近くの病院に転職したそうだ。旦那さんは商社勤務だけれど、体を壊したため今後は国内勤務が続く予定だとか。子供はいないがふたり仲良く暮らしているらしい。

 ワインを煽った美恵さんがしみじみと言う。

「当直明けの一杯は、しみいるわ」
「え、徹夜だったんですか?」

 その足でここまでやって来たなんて、すごいパワフルだ。

「新幹線で少し眠ったけどね」
「でも寝不足ですよね。お酒を飲んで大丈夫なんですか?」
「平気平気、酔い辛い体質だから。兄は一杯で顔を赤くしちゃうんだけどね。そういえばかっちゃんとはお酒を飲んだことはないわね。どんな感じなの?」
「ええと……」

 克樹さんと飲みに行ったことなんてないから分からない。両家の食事会か何かでお酒を飲んだときは顔色一つ変えずに平然としていたけれど、緊張感がある場だからきっと量を制限していただろうし。

「弱くはないと思うんですけど、あまり飲んでいるところを見たことがないです。仕事柄急な呼び出しに対応するためかもしれません」
「そう……でも気を付けてね。昔兄が酔っ払ってトラブルを起こしているの」
「そうなんですか?」

 私は驚き目を丸くした。あの厳格そうな義父がお酒の席で失敗していたなんて想像できない。
 美恵さんは真面目な顔をして頷いた。

「若い頃の話だけどね。お父さん……かっちゃんの祖父にかなり激しく叱られていたわね。それ以来親子仲はよくなかった。ただかっちゃんはおじいちゃん子で、いつも父の後をついて回っていたわ」
「意外です」

 あの人間嫌いみたいな克樹さんがお祖父様に懐いていたなんて。でも美恵さんの話では昔は普通の子供だったんだろうな。
 ……それなら克樹さんはどうして変わったのだろう。やんちゃな子が無口で他人との関係を極力排除したがるようになるのってどんな事情があるのだろう。
 気になったけれど美恵さんはそれ以上は語らなかったし、私も初対面で突っ込んだ話を聞くのは図々しいだろうと突っ込んで聞くことが聞けなかった。

 その後、他の親戚に挨拶をするという美恵さんと別れて、会場の端に用意してあった休憩用の椅子に向かった。
 途中で飲み物を貰いのんびり一休み。そういえば克樹さんはどの辺にいるんだろう。
 きょろきょろと視線を巡らせて探していると、克樹さんの方が先に私に気づいたようで足早に近づいてきた。

「大丈夫か?」
「うん、少し休憩していただけ」
「そうか」
 ――顔色は悪くないな。

 彼は心の中でそう呟くと、私の顔から手元に視線を移す。

「何か持ってくるか?」
「ううん。私は大丈夫だから克樹さんはもう少し話して来たら? 久しぶりに会った人もいるんだろうし」
「もう挨拶はした」」
 ――それより羽菜が心配だ。さっきから何も食べていないじゃないか。

 驚いた。私の動向をずっとチェックしていたの?

「ここに居てくれ」
「……うん」

 克樹さんが踵を返して料理が並ぶコーナーの方に向かっていく。すらりとした長身でお祝いの日に相応しいスーツを着こなす彼は、こんなに人が沢山いる中でも確実に人目を引く。

 新婦側の招待客と思われる若い女性たちも、克樹さんが横を通りすぎるのを目で追っていた。
 克樹さんは自分が注目されていることなど気に留めず、取り皿を手に次々と料理を取っていく。迷う様子が全くないから端から全種類取ろうとしているのかもしれない。
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