無口な脳外科医の旦那様、心の声(なぜか激甘)が漏れてます!
医者だから患者第一に考えるのは立派な心掛けなのかもしれないけれど、たまにはゆっくり休んだ方がいいんじゃないかな。だって医者だって人間なんだから
そんなことを考えていると、目が合った。
じろじろ見すぎたかもしれないと気まずくなる私に、彼はにこりと微笑んだ。
――さっきから俺のことを観察しているけど、何を考えているんだろうな。離婚についてじゃないといいんだが。それにしても慌てたような表情が可愛いな。
まさか見ていたのがばれたていたなんて! しかも観察していたつもりがされていたという情けなさ……それに可愛いってなに?
「こ、このお肉美味しいね!」
内心の動揺を誤魔化すため、私は食事に集中するふりをする。
「ああ、美味しいな」
克樹さんの声は、少し笑いを含んでいるような気がする。
なんだか手のひらで転がされているような気分。
心の声が聞こえることで有利になっているはずなのに、なぜだかこみ上げる敗北感。
私は克樹さんと視線を合わせないように肉を切る。
こういうときは克樹さんが無口でよかったと思う。目を合わせなければ静かだから、気持ちを立て直すことができる。
デザートに進んだ頃には、私も動揺から抜け出しいつもの調子を取り戻すことができていた。
ゆったりとした時間が流れる。
彼と一緒にいるのに、こんなに気を張らずにいられるなんて不思議な気がする。
以前だったら、どうすれば彼と夫婦らしくなれるのかばかりを考えていたし、離婚を決意してからは彼への苛立ちや不満が噴出して私はいつもぴりぴりして喧嘩腰だった。
ここ数日そんな気持ちが落ち着いてきたのは、一緒にいる時間が増えたから慣れたのかな。
「すごくいい結婚式だったね」
こんなことを気軽に話しかけられるくらいには。
「ああ」
克樹さんが頷く。
「新郎も新婦も幸せそうだった」
「そうだな。知り合って三カ月で結婚すると聞いたときは驚いたが、よい女性と巡り合えたようだ」
克樹さんがしみじみと言う。彼がそんな普通の人らしいことを考えていたなんて意外だと思った。それに。
「私たちはもっと短期間で結婚を決めたけどね……」
私のその発言に、克樹さんがはっとした表情になる。
「ああ……そうだな。羽菜とはあっと言う間に夫婦になった」
「政略結婚だからね。義務のようなもので好きとか嫌いとか考える必要ないし……」
私は前向きな気持ちで決めたけれど、克樹さんにとっては自分の役割をこなしていただけのはず。
当時の私はお見合いのときに口数が少ないのを緊張しているせいだと受け止めたけれど、今なら分かる。絶対に緊張なんてしていなかった。面倒だけど仕方ないな、くらいの気持ちだったんじゃないかな。
過去を思い出してむっとし、更にひねくれたことを考えていると。
「たしかに結婚を決めたのは義務感からだったが、結婚相手が羽菜でよかったと思っている」
克樹さんが思いがけないことを言い出した。
「……え?」
今のは心の声じゃなかった。彼ははっきり言葉にしていた。
愛情はもちろん、ささやかな好意も、何気ない感想も、悲しみや怒りすらも伝えてくれなかった彼が、私が相手でよかったって……。
克樹さんは、動揺する私を見つめながら続ける。
「俺の妻になってくれてありがとう」
もし心の声が聴けなくても本心だと分かるくらい、彼の目は真剣で想いを感じるものだった。
心臓が早鐘を打ち始める。
「……な、なんで今更そんなことを言うの?」
「羽菜への感謝の気持ちを今まで一度も伝えていなかったことに気づいたからだ」
「そ、そうだよ。まともに感謝されたことなんてない」
胸がぎゅっと苦しくなる。
今更のように私を惑わす発言ばかりする彼に憤っているのか、それとも感謝されて喜んでしまう自分が情けなくて許せないのか、自分でも分からなくなるほど複雑な想いで冷静ではいられない。
そんな私の顔はさぞかし強張っているのだろう。克樹さんは悲しそうな目を向ける。
「これまでの俺の態度は酷いものだったから羽菜が許せないと思うのは無理もない。それでもこれからの俺を見てくれないか? 至らない面を直すように努力すると約束する」
克樹さんがそう言って頭を下げたものだから、私は驚愕して目を見開いた。
こんなふうに正式に謝ってくれるとは思ってもいなかったのだ。
「……どうしてそこまでするの? 離婚して再婚するなんて手間がかかって面倒だから?」
その質問は克樹さんにとって思いもよらないものだったのか、彼は目を見開いた。
「そんなふうに考えたことはなかった」
「それならどうして?」
「……ただ羽菜と別れたくないからだ。君は俺にとって大切な人だから」
彼は一瞬緊張したような表情になったが、すぐにはっきりと言葉にした。
「そ、そんなの信じられない」
「信じて欲しい」
彼の心の声は同じ言葉を叫んでいる。間違いなく本心なのだ。
そんなことを考えていると、目が合った。
じろじろ見すぎたかもしれないと気まずくなる私に、彼はにこりと微笑んだ。
――さっきから俺のことを観察しているけど、何を考えているんだろうな。離婚についてじゃないといいんだが。それにしても慌てたような表情が可愛いな。
まさか見ていたのがばれたていたなんて! しかも観察していたつもりがされていたという情けなさ……それに可愛いってなに?
「こ、このお肉美味しいね!」
内心の動揺を誤魔化すため、私は食事に集中するふりをする。
「ああ、美味しいな」
克樹さんの声は、少し笑いを含んでいるような気がする。
なんだか手のひらで転がされているような気分。
心の声が聞こえることで有利になっているはずなのに、なぜだかこみ上げる敗北感。
私は克樹さんと視線を合わせないように肉を切る。
こういうときは克樹さんが無口でよかったと思う。目を合わせなければ静かだから、気持ちを立て直すことができる。
デザートに進んだ頃には、私も動揺から抜け出しいつもの調子を取り戻すことができていた。
ゆったりとした時間が流れる。
彼と一緒にいるのに、こんなに気を張らずにいられるなんて不思議な気がする。
以前だったら、どうすれば彼と夫婦らしくなれるのかばかりを考えていたし、離婚を決意してからは彼への苛立ちや不満が噴出して私はいつもぴりぴりして喧嘩腰だった。
ここ数日そんな気持ちが落ち着いてきたのは、一緒にいる時間が増えたから慣れたのかな。
「すごくいい結婚式だったね」
こんなことを気軽に話しかけられるくらいには。
「ああ」
克樹さんが頷く。
「新郎も新婦も幸せそうだった」
「そうだな。知り合って三カ月で結婚すると聞いたときは驚いたが、よい女性と巡り合えたようだ」
克樹さんがしみじみと言う。彼がそんな普通の人らしいことを考えていたなんて意外だと思った。それに。
「私たちはもっと短期間で結婚を決めたけどね……」
私のその発言に、克樹さんがはっとした表情になる。
「ああ……そうだな。羽菜とはあっと言う間に夫婦になった」
「政略結婚だからね。義務のようなもので好きとか嫌いとか考える必要ないし……」
私は前向きな気持ちで決めたけれど、克樹さんにとっては自分の役割をこなしていただけのはず。
当時の私はお見合いのときに口数が少ないのを緊張しているせいだと受け止めたけれど、今なら分かる。絶対に緊張なんてしていなかった。面倒だけど仕方ないな、くらいの気持ちだったんじゃないかな。
過去を思い出してむっとし、更にひねくれたことを考えていると。
「たしかに結婚を決めたのは義務感からだったが、結婚相手が羽菜でよかったと思っている」
克樹さんが思いがけないことを言い出した。
「……え?」
今のは心の声じゃなかった。彼ははっきり言葉にしていた。
愛情はもちろん、ささやかな好意も、何気ない感想も、悲しみや怒りすらも伝えてくれなかった彼が、私が相手でよかったって……。
克樹さんは、動揺する私を見つめながら続ける。
「俺の妻になってくれてありがとう」
もし心の声が聴けなくても本心だと分かるくらい、彼の目は真剣で想いを感じるものだった。
心臓が早鐘を打ち始める。
「……な、なんで今更そんなことを言うの?」
「羽菜への感謝の気持ちを今まで一度も伝えていなかったことに気づいたからだ」
「そ、そうだよ。まともに感謝されたことなんてない」
胸がぎゅっと苦しくなる。
今更のように私を惑わす発言ばかりする彼に憤っているのか、それとも感謝されて喜んでしまう自分が情けなくて許せないのか、自分でも分からなくなるほど複雑な想いで冷静ではいられない。
そんな私の顔はさぞかし強張っているのだろう。克樹さんは悲しそうな目を向ける。
「これまでの俺の態度は酷いものだったから羽菜が許せないと思うのは無理もない。それでもこれからの俺を見てくれないか? 至らない面を直すように努力すると約束する」
克樹さんがそう言って頭を下げたものだから、私は驚愕して目を見開いた。
こんなふうに正式に謝ってくれるとは思ってもいなかったのだ。
「……どうしてそこまでするの? 離婚して再婚するなんて手間がかかって面倒だから?」
その質問は克樹さんにとって思いもよらないものだったのか、彼は目を見開いた。
「そんなふうに考えたことはなかった」
「それならどうして?」
「……ただ羽菜と別れたくないからだ。君は俺にとって大切な人だから」
彼は一瞬緊張したような表情になったが、すぐにはっきりと言葉にした。
「そ、そんなの信じられない」
「信じて欲しい」
彼の心の声は同じ言葉を叫んでいる。間違いなく本心なのだ。