無口な脳外科医の旦那様、心の声(なぜか激甘)が漏れてます!
働き始めて三日目、土曜の夜。
私は克樹さんと、都内のホテルにあるイタリアンレストランを訪れていた。
信じられないことに『羽菜の就職祝いをしよう』と克樹さんが誘ってくれたのだ。
しかもおしゃれなレストランを自ら予約までしてくれていた。
その気遣いと行動力に正直言って感動した。
克樹さんががんばってくれている気持ちがうれしかった。
仕事を終えてから一旦自宅に戻り、身支度を整えてからふたりで電車に乗ってやってきた。
移動中はそれなりに会話が弾んだと思う。
ホテルの高層階にあるレストランは磨き抜かれた窓から、迫力のある東京の夜景が見下ろせた。煌めく光景はとても美しくてロマンチックでもある。
こんなところでプロポーズをされたら、きっと気持ちが盛り上がるだろうな。
私たちは恋人期間がなかったから、そういったときめくようなシチュエーションとは無縁だけれど、夫婦で楽しむちょっと特別な食事は心が弾む。
「羽菜、お疲れさま」
克樹さんが労わるように言う。
「克樹さんも毎日お疲れさま。今日はお祝いをしてくれてありがとう」
「記念になるといいと思った」
――喜んでくれているようだ。よかった……。
「うん。幸せな思い出になりそう。お店も素敵だし」
「それならよかった」
――さんざん迷ったが、ここに決めて正解だった。
克樹さんお店を決めるのに沢山迷ったんだ。いろいろ調べてくれたのかな。いつそんなことをしていたんだろう。
「お気にいりのお店になったよ」
「……そうか」
彼は本当にうれしそうに微笑む。その優しい表情にとくんと鼓動が跳ねた。
最近の彼はこんなふうに感情を表に出す。
笑うことも増えたと思う。夫婦の再構築に努力をしているだけでなく、私に心を許してくれているのかもしれない。
彼のことを理解しているとは言えない。心の声が聞こえる今だって、分からないことがある。でも確実に変化している。
コース料理が運ばれてきた。食事中もときどき克樹さんが話しかけてくる。
「仕事はどうだ?」
「運営や広報の仕事は前職と重なる部分があるんだけど、病院の仕事はやっぱり特殊だなと思う。覚えることがたくさんで大変だけど充実してるよ」
――満足しているようでよかった。羽菜ならすぐに仕事に慣れるだろうな。
「困ったことはないか?」
「今のところは大丈夫。仕事を教えてくれる人がいい人でね、中村さんていう女性なんだけど、気さくで話しやすいんだ。克樹さんとも仕事で関わったことがあるって言ってたよ」
「俺と?」
克樹さんは戸惑いの表情になった。中村さんという名前だけでは思い出せないようだ。
「その人去年まで施設課だったそうなの。脳外に新しい設備を入れるときに克樹さんと関わったって」
「……ああ」
――そういえば業務に熱心な女性がいたな。あの人が羽菜の同僚なら安心だな。
どうやら思い出してくれたらしい。
「中村さんが克樹さんのことを褒めてたよ」
克樹さんの目元がぴくりと動いた。どんな内容か気になるみたいだ。彼だって褒められると嬉しいんだろうな。私はもったいぶらずに、中村さんとの会話を思い出しながら、彼に伝える。
「ドクターなのに偉ぶったところがなくて、仕事がしやすかったって」
「……それは誉め言葉か?」
微妙な内容だと感じたのか、克樹さんが僅かに首をかしげる。
「謙虚な人ってことだもの。誉め言葉だよ。当人じゃない私もなんだかうれしかった」
「そうか……」
――羽菜がうれしく思ったのならそれでいい。
「……でも克樹さんは思ったことをもっと言葉にした方がいいかも」
「え?」
「そうすれば克樹さんの気持ちがもっと周りの人たちに伝わると思うから」
意外といろいろ考えていて、見かけよりずっと温かで情がある克樹さんのことを分かってもらいたい。そんなふうに思った。
食後は同ホテル内のバーに移動してお酒を飲んだ。
私はあまりお酒を飲む方じゃないけれど、贅沢な夜景を見下ろしながら楽しむひとときは特別感がある。
おしゃれなカクテルやオードブルを楽しんだ。
克樹さんもリラックスした雰囲気だ。
ふたりで夜景を楽しめるようにとソファに並んで座っているため、距離も近い。
「車を買おうかと思ってるんだ」
克樹さんが突然そんなことを言い出した。