無口な脳外科医の旦那様、心の声(なぜか激甘)が漏れてます!
第六章 過去の恋愛
克樹さん一夜を過ごした翌日の日曜日。
杏子と会う約束をしていた私は、ホテルから直接彼女と待ち合わせをしていたカフェに向かった。
ちなみに克樹さんは今日も仕事があるそうで、私よりも一時間以上早くホテルを出て行った。私を置いて行くのを申し訳ないとかなり気にしてため、送り出すのが大変だった。
カフェは一軒家風の外観で二階にはテラス席がある居心地がいいカフェだ。ふわふわのパンケーキが評判で私も必ず注文している。
今日ももちろんパンケーキが付いたランチプレートとカフェラテを注文し、杏子に近況報告をしたのだけれど、前回会ったときは離婚すると宣言していた私ががらりと態度を変えたことに、長年の付き合いの彼女も驚き目を丸くした。
「何があったの?」
「克樹さんにこれまでの態度を謝罪されてやり直したいって言われたから、もう少し頑張ってみようかなと思って。どうせ彼の協力がなかったら離婚は難しいし」
「あ、謝ってもらったんだ」
「うん。それに病院での仕事も始めたの」
「よかったじゃない。ずっと働きたいって言ってたもんね。じゃあ毎日充実してるんだ」
私は深く頷いた。
「仕事を教えてくれる同僚もすごくいい人なんだ」
「へえ……だから機嫌がいいんだ」
「見て分かるの?」
「分かるよ。この前会ったときはストレス溜まってますって顔してたのに、今日はすっきりした顔してる」
そんなつもりはなかったけれど、不満が態度に出てしまっていたようだ。気を付けないと。
「夫婦仲は上手くいきそうなの? 一年も他人同然だったら、やり直そうってなっても気まずいんじゃない?」
「いや、それが……」
私はそれ以上言うのを躊躇い、言葉を詰まらせた。
「それが?」
杏子が不思議そうに首をかしげる。
「……以外と仲良くできてるよ。昨日もふたりで食事に行って再就職のお祝いをしてもらったし」
昨夜初夜を迎えましたとは、言えなかった。さすがに恥ずかしくて。
「そうなの? ずいぶん気が利いたことするじゃない。今まで羽菜から聞いていたイメージからかけ離れてる」
「うん、最近変わった。多分私が散々文句を言ったからだと思うけど」
「努力してくれてるんだ。優しいじゃない」
杏子が納得したように頷く。
「悩みが解決したみたいでよかったよ。あと仕事も。お祝いにケーキも食べちゃう? ちょうどバスクチーズケーキがあるし」
「えっ、本当に?」
ここのバスクチーズケーキは濃厚だけど甘さは控えめで最高なのだ。添えられているブルーベリーソースもとても美味しい。ただ定番メニューではないのでなかなかお目にかかれない。
パンケーキを食べたばかりだと言うのに、私たちは飲み物のお代わりと共にオーダーしたのだった。
「あー美味しい」
期待していた通りの美味しさを堪能していると、「ところで」と杏子が周囲を警戒するように声を潜めた。
「例の件、なにか分かったの?」
彼女が言うのは、もちろん心の声が聞こえる件だ。
「進展なし。実はまだ克樹さんに話してなくて」
「えっ、どうして?」
杏子が声を高くし、慌てて口を押える。
「初めは離婚が決まったら話そうと思ってたんだけど、今はただ言いづらくて……」
克樹さんに相談するということは、これまでさんざん彼の心を無断で覗いてきたのだと打ち明けるということだ。
彼はかなりの衝撃を受けることだろう。不愉快にもなるはず。もし私が彼の立場だったら、怒ると思う。
そして昨夜のことで更に話せなくなってしまった。だって……。