無口な脳外科医の旦那様、心の声(なぜか激甘)が漏れてます!

 七月半ば。仕事を初めて半月が経ち、だんだんと環境にも慣れてきた。
 まだ自分の担当を持ってはいないけれど、事業計画と対外的な広報活動の補佐をさせてもらっている。
 世間からの加賀谷総合病院の評価や、SNSで話題に上っていたら内容を確認し、問題がある場合は対応するのも仕事のひとつだ。
 なかなか忙しいけれど楽しい。

「羽菜さん、お昼いこう」

 十二時三十分に中村さんに声をかけられた。克樹さんはその日のスケジュールによって休憩時間は変動するそうだけれど、私たち事務職はだいたい毎日同じ時間に休憩を取る。
 中村さんと職員用カフェテリアに行き、入口に掲示されているメニューを確認する。

「今日はチキンソテーかサバの味噌煮か……」

 カフェテリアのランチは、日替わりメイン二品のうちからひとつを選び、あとはご飯やサラダ、スープなど自分が食べたいものを選んでいくスタイルだ。
 メニュー数はそれほど多くないけれど安くて美味しい。

「私は煮魚かな」

 メニューを見ていた中村さんが呟いた。私はチキンソテーにしようかな。
 注文を決めてカフェテリア奥にある注文カウンターに向かおうとしたとき、中村さんのスマートフォンが鳴った。画面を確認した中村さんの顔色が変わった。

「羽菜さん、私一旦家に帰らないといけなくて、」
「えっ?」
「夫が鍵を失くしたみたいで、家に入れないんだって。午後の仕事には間に合うように戻るから」

 中村さんの自宅は病院から自転車で二十分走ったところのマンションだ。お昼休憩内に行って帰って来られるだろう。

「分かりました。気を付けてくださいね」
「ありがとう」

 中村さんは足早にカフェテリアを出て行く。
 私はチキンソテーを注文して、窓際の空いている席に着席する。
 お茶を一口飲んでから箸を手に持ったタイミングで、隣に人とその前に人がやって来た。

 視線を上げて斜向かいに座った人物の顔を見た瞬間、どきりとした。

 そこに居たのは克樹さんの兄である克人さんだったのだ。ということは。
 隣を確認すると思った通り、一緒に居たのは内科の日高美里医師だった。

 彼女は克樹さんと克人さん兄弟の幼馴染だそうだ。克人さんとは同じ内科所属だからか一緒にいるところをよく見かける。
 美人でスタイル抜群。克樹さんは白衣の下にスクラブを着ていることが殆どだけれど、日高先生は、エレガントなワンピースなど私服が多いので、ドラマに出てくる女医のようにおしゃれで洗練された雰囲気がある。
 中村さんが言うには、彼女のお父様が地位のある医師だそうで、院内で一目置かれる存在らしい。
 そんな彼女は、私に対して初対面のときから非情に素っ気ない。

「隣座っても構いませんよね?」

 今も笑顔ひとつない。多分私のことをよく思っていないのだと思う。

「はい。どうぞ」
「大分慣れたみたいだね」

 日高先生に続いて克人さんが話しかけてきた。彼はいつも明るい笑顔を向けてくれる。弟の妻である私にも丁寧な言動を崩さない。

「はい、皆さんがよくしてくれるおかげです」
「それはよかった」

 物腰柔らかく気さくな性格の克人さんは職員や患者さんとも良好な関係を築いている。克樹さんと一緒に育ったとは思えないくらい社交性が高い人だ。

 でも克樹さんは克人さんに対して余所余所しい。兄弟なのに他人よりも距離を感じる態度を取る。
 初めはそんな克樹さんに眉をひそめた。
< 58 / 79 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop