無口な脳外科医の旦那様、心の声(なぜか激甘)が漏れてます!
 無口で愛想がないところが気難しく見えて、非があるような印象を持たれるのだろうか。  
 彼の態度に失望して離婚まで決意していた私が言う資格はないけど、それでも克樹さんの話を聞かずに憶測で話すのは辞めてほしいと思う。

「克樹さんは理由もなく怒鳴ったりしません。それに怒鳴り声は克樹さんではなく他の人の可能性もあります」
「私も冷静な克樹先生が怒ったんだとしたら余程のことが有ったんだと思う。無責任な噂をしている子がいたら注意しておくよ」
「ありがとうございます」

 でもあの看護師の様子だと、他でもおしゃべりをしていそうだ。
 噂が立つのは避けられないかもしれない。克樹さんが傷つかないといいのだけれど。


 その後仕事中も看護師たちの会話が不意に浮かんできて、いつもに比べて集中することができなかった。
 仕事を終えて帰宅して、夕食の準備をしていてもずっと心の中がもやもやしたままですっきりしない。
 やっぱり何の対策もしないのはよくないかもしれない。

 兄弟喧嘩に口を出すのは気が進まないけれど、克樹さんに話してみようか。
 きっと彼は言い訳のような真似はしたくないと噂が出ても放置するタイプだろうから、私が代わりに弁明したらいいんじゃないかな。

 当時者の身内の言葉なら信憑性が高いと思ってもらえるんじゃないかな。
 そう考えて、克樹さんが食事を終えたタイミングでストレートに聞いてみた。

「今日、克樹さんと克人さんが喧嘩をしたって話を聞いたんだけど」

 私が淹れた緑茶を飲んでいた克樹さんの顔に緊張が走った。

「どうしてそれを?」
「ふたりが言い争っている声を聞いた人がいるみたいで話題いなっていたの。克樹さんが克人さんに怒鳴り声を上げていたと言っていたけど本当のことなの?」
「……本当だ」

 克樹さんの短い返事に私は息をのんだ。
 もしかしたら聞いていた人の勘違いかもしれないと期待していたけれど、本人が肯定した。あの話は事実だったんだ。

「……どうして怒鳴ったの? 克樹さんらしくない気がする」

 いつも理性的な彼が激高したのが事実なら、余程の事情があるのかもしれない。

「仕事で意見の相違があったんだ。話している内にヒートアップしてつい声を上げてしまった」
「意見が合わないからって克樹さんが感情的になるとは思えないんだけど。何か嫌なことを言われたんじゃない?」
「……いや、苛立って感情的になっただけだ。少し疲れていたのかもしれないな」

 少しの間の後克樹さんは微笑ながら言った。その作ったような笑顔に胸の奥が騒めいた。
 克樹さんは私に事情を話す気がないのだと察してしまったから。
 多分この話題は早く終わらせたいと思っている。

 もやもやした思いがこみ上げる。
 たしかに身内の問題は打ち明けづらい。でも私は彼の妻だ。
 克樹さんはこの先も私と一緒に生きて行きたいとはっきり言った。それなら幸せなことだけでなく悩みや苦しいことも見せてくれていいんじゃない?
 何も分からず心配しているだけなのは辛い。

「克樹さん、私にも何があったのか話してくれないの?」

 落胆が声に出たのか、いつもより硬い声音になった。克樹さんは気づいたようで思い悩んだ顔になる。

「本当に話すほどのことじゃなかったんだ。羽菜は心配しないで大丈夫だから」

 克樹さんの声は優しいけれど、私は拒絶されたような気持ちになった。

「……克樹さんと克人さんの喧嘩だけど、事情を知らない人達が克樹さんに問題があるようなことを言っているの。このままじゃ克樹さんにとってよくないから早く誤解を解いた方がいいと思う。私が代わりにみんなに話しても……」
「無責任な噂話なんて気にする必要はない。放っておいて大丈夫だ。もし羽菜までが何か言われるような事態になったら俺が対処するから心配はしなくても……」

 いつもより早い口調からどうしても隠したいという克樹さんの強い気持を感じる。この件から私を遠ざけたい意図も透けて見える。

「私のことより克樹さんの立場が心配なの。噂だからって馬鹿にしない方がいいと思う。それに前から克人さんとの仲が悪いんじゃないかって気になっていて……もし悩みがあるなら私にも話して欲しい」

 そうしたら一緒に上手くいくように考えられるから。

「……心配かけてごめん。でも本当に何もないんだ。羽菜の言う通り仲がいい兄弟とは言えない。事情があって離れて生活をしていた時間が長く兄弟といってもあまり馴染みがないのが原因だ。だからといって仕事にプライベートの問題を持ち込むようなことはない。言い争いになったのはあくまで仕事のやり方で衝突しただけだ」
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