無口な脳外科医の旦那様、心の声(なぜか激甘)が漏れてます!
「卑屈?」
「ああ、克樹は昔から被害妄想が激しいんだ。家族の中で自分だけ疎外されていると思い込んで、両親と僕を恨んでいる。決してそんなことはないんだけどね」
「それは誤解があるんじゃないでしょうか。克樹さんがそんな態度を取るとは思えません」
現在の家族構成を思えば疎外感を感じる気持ちは分かる。でも克樹さんは心の中でそう思っても態度には出さないと思うのだ。彼は激しく燃える炎のような怒りをぶつけるよりも、誰も近づけない冷ややかな氷のような拒絶の壁をつくるタイプだ。
克人さんが言うように強く恨んでいるのだとしたら、攻撃をするよりも関わらないように自分から離れていく気がする。
何というか克人さんが語る克樹さんについては、まるで別人の話を聞いているような気分になる。私が知っている克樹さんとは全然違うから違和感が大きくなる。
その後も克人さんは克樹さんの欠点を上げ連ねた。
それとなく和解する気はないのか聞いてみた。
でも克人さんにその気はないようだった。
克樹さんが克人さんを嫌っているのではなく、その逆なのでは?
そう感じずにはいられなかった。
最後まで克人さんが私を呼び出して何をしたかったのかが分からなかった。ただ話を聞かせたかっただけなのだろうか。
他にも用があるという克人さんと途中で別れて、私はひとりで病院に戻った。
休憩時間は残り十分しかないため。足早に企画課がある旧館に向かっていたがふと思い立って裏庭を通っていくことにした。
裏庭は建物の陰で日が当たらないせいか中庭に比べると薄暗く、昨夜降った雨で濡れた地面はまだ乾ききってなくて湿気ている。全体的に陰鬱な雰囲気だ。
でも克樹さんは静かだからという理由で気に入り、休憩場所に選んでいる。
もしかしたら会えるかもしれないと思った。
克人さんの話を聞いて、あのとき克樹さんが怒った理由が分かった気がした。
彼から見たら私の言葉は酷く無神経で腹立たしいものだっただろう。
ひとことでいいから彼に謝りたい。落ち着いたら話をしたいと伝えたい。
彼がよくいるベンチの方に足を向けていた私は、はっとしてその場で足を止めた。
視線の先に克樹さんが居たのだけれど、日高先生が一緒に居たのだ。
私は咄嗟に近くにあった木の陰に身を隠した。
ふたりの前に出て行くのを躊躇い逃げてしまった。
ベンチに並んで座っているがその距離はかなり近い。所属が違うとは言えドクター同士。しかも幼馴染という関係なのだから一緒に食事をしても不思議はない。
でも日高先生は、未だに克樹さんに特別な想いをもっていると言った人だ。気にしないようにしていたけれど、克樹さんからはっきり彼女との関係について聞いて訳ではない。
彼女が克樹さんと何を話しているのかが気になる。
でもこの距離だと話声なんて聞こえてこない。
しばらく待っていたけれど、日高さんが立ち去る様子はない。
今は話すのは諦めてこっそりこの場を離れよう。こんなこそこそした情けない行動を克樹さんに知られたくないし。
そう思ったとき、信じられない光景を見た。
日高先生が克樹さんに抱き着いたのだ。まるで恋人同士のように胸に飛び込み背中に腕をまわしている。
うそ……日高先生の一方的な想いじゃなかったの?
だって克樹さんにその気がなかったら、無抵抗で近寄らせる訳がない。
克樹さんも日高先生を忘れていないの?
ショックを受けた私はその場から走り去った。
後ろを振り返ることはできなかった。