無口な脳外科医の旦那様、心の声(なぜか激甘)が漏れてます!
第七章 幸せを知る 克樹side

 羽菜が離婚を考え直してくれた。まだ完全に信頼を得た訳ではないだろうが、それでも前向きにやり直そうとしてくれている。
 初めて彼女を抱いたとき、言葉にできないほどの喜びを感じた。
 恥じらう彼女の白い肌に触れ、華奢な体を強く抱きしめた。

 愛しくてたまらない。
 酷い態度を取り傷つけた俺を許してくれた彼女の寛容さに心から感謝し、一生彼女を大切にすると決心したのだった。 
 羽菜が加賀谷総合病院で働き始めたときは無理をして働く必要はないし、は義兄がいるから心配で正直否定的な気持ちだった。
 けれど彼女は楽しそうに過ごしている。 早くも上司と同僚とも打ち解けて、仕事も熱心だ。

 生き生きしている彼女を見ると、これでよかったのだと思った。
 夫婦仲が安定すると仕事にもより一層身が入る。


 そんなとき、かつての同僚医師の紹介で左前頭葉に腫瘍を発症している患者のオペを依頼された。
 術中MRIを用いたオペを行うのだが、これは手術室でMRI検査を行いオペの最中にリアルタイムの脳の状態を確認できる新しいシステムだ。
 加賀谷総合病院では一年前にこの装置とナビゲーションシステムを導入し、これまでの何件ものオペを行い症例数を重ねてきた。
 患者が世間から注目を集める有名人とのことだが、誰であろうと最善を尽くすことには変わりない。

 かなり厳しいオペになるのが予想されるため、信頼できる医師を第一助手に指名し十分な準備を進めていた。
 マスコミの取材や個人からの問い合わせなどが多いようだが、羽菜たち事務局の職員が他の患者の負担にならないようにしっかりと対応してくれて順調に進んでいた。
 そんなある日、義兄から院長室に呼び出された。

「失礼します」

 院長室には義兄と木崎院長のふたりがいた。広い院長室の中央にある応接セットに向い合せに座っている。

「遅かったな」

 義兄は俺の顔を見るなり不満を零した。

「すみません。救命からのコンサルに対応していました」

 交通事故による急性硬膜下血腫の患者で脳ヘルニアを起こしていたため、開頭し血種を除去した。現在は落ち着き回復に向かっているところだ。

「ご苦労さま。忙しいところ悪いね」

 木崎院長が労わるような声をかけてくれた。

「はい、問題ありません。それで用件は」
「ああ、まずは座ってくれ」

 どうやら込み入った話になりそうだ。義兄に従ってソファに腰を下ろす。

「紫前泰孝氏のオペについてだ。上手くいきそうか?」
「準備は万全です」
「お前のことだから上手くいくのだろう」
「最善を尽くすつもりでいます」

 必ず助けると言えたらいいが、どんな名医にも百パーセントはない。義兄が大丈夫だと確約を欲しがっているのは分かるが。

「まあいい。そのオペだが加賀谷総合病院として大々的に公表しないか?」
「……どういうことですか?」
「国内でも成功例が少ない難易度が高いオペを我々が成功させて紫前泰孝を助けたとなったらこれまで以上に注目が集まる。加賀谷総合病院が躍進するチャンスだ! オペが成功したらすぐに記者会見を開こう、多くの記者が集まるはずだ。報告と説明は僕がする」

 義兄の頭の中には既に今後の広報活動がスケジュールされているのだろう。絶好の機会だと気持ちが昂っている様子が伝わってくる。

 対照的に木崎院長は浮かない表情だ。

「私は反対だ。マスコミや紫前氏の支持者が集まったら他の患者に負担がかかる可能性がある。患者全員のことを考えるべきだ。克人先生が言うとおり知名度を上げる機会なんだろうが、そんなことをしなくても加賀谷総合病院を評価してくれている人は多い。これまで通り地道に誠実に医療活動をしていかないか?」

 木崎院長が義兄に訴えかける。

「俺は院長の意見に賛成です」

 患者は紫前氏ひとりだけじゃない。彼に対して最善を尽くすように、他の患者が安心できるように尽くすのも医師の努めだ。
 しかし義兄はうんざりしたようなため息を吐いた。

「院長も克樹も頭の中に花が咲いているようだな」
「義兄さん、その言い方は院長に対して失礼だ」

 俺を悪く言うのは今更でなんとも思わないが、仮にも上役の院長を馬鹿にしたような言い方は許せない。

「事実だろう。祖父の医師を継ぐと言い訳をして現状に甘んじようとしている。向上心が言見られない。あなたがなぜ院長になれたのか俺は理解できない」
「義兄さん!」

 以前から思っていたが、義兄は木崎院長に攻撃的だ。
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