無口な脳外科医の旦那様、心の声(なぜか激甘)が漏れてます!
 たしかに離婚は大変だ。彼は多忙だからそんな時間は無駄だと判断したのかもしれない。でも少しは私の気持ちだって考えてくれたっていいじゃない。

 どうすれば考えを変えてくれるのだろう。

 一年も耐えられたのに、今は何かのスイッチが入ったように彼から離れたくて仕方がない。これ以上、克樹さんの冷たい態度に落胆する生活なんてしたくない。絶対離婚しなくては。

 大股で歩きながら、よい方法がないかとあれこれと考えを巡らす。

 たとえば克樹さんが望むような条件と引き換えにするのはどうだろう?

 でも彼が何を欲しているかなんて、私に分かるわけがない。

 夫とは名ばかりで、心の距離は他人同然なんだから。

 克樹さんの頭の中が覗けたらいいんだけど……。

 そうしたらうまく離婚話が進んで、この息苦しくて少しも幸せを感じられない結婚生活から解放されるのに。

 ああ神様どうか夫の本音をお教えください。なんて柄にもなく神頼みをしたそのとき、思いがけない声が耳に届いた。

「待ってくれ!」
「え?」

 今のって克樹さんの声だよね? 待ってくれって私に言ってるの?

 振り返ると声の主はやっぱり克之さんで、脇目も振らずこちらに駆け寄ってくるところだった。

 えっ?  何事?

 見たことが無い必死な顔に驚愕する。

 逃げ腰になったのがいけなかったのだろうか。または地面が濡れているのが原因なのか足元がずるりと滑った。

「えっ?」

 ひやりとして心臓が跳ね上がる。

 私が今いるのは最悪なことに階段の上。
 このままでは落ちてしまうと分かっているけれど、体勢を立て直す余裕なんてなくて、 有りもしない手すりを求めて空中に手を伸ばすので精一杯。

 けれど掴まるところなどある訳がなく……。

「羽菜!」

 克樹さんの声が聞こえたのと同時に全身に強い衝撃が襲ってくる。私の意識はそこでぷつりと途絶えてしまったのだった。
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