成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】
「もぉー。反則でしょ」
真理子は洗濯物を干しながら、ぶつくさと独り言をつぶやいた。
この高層マンションには、ベランダがない代わりに立派なサンルームが設置されている。
燦燦と日が差し込む窓辺で、目を細めながら順にタオルをかけていった。
成瀬の秘密を知ってしまってからというもの、ここ数日で真理子の生活は一変した。
会社もプライベートも、ちょっと強引な成瀬の策略にはまるかのように飲み込まれている。
真理子はふと、成瀬のほほ笑んだ顔を思い出し、慌てて首を振った。
そして自分が、この“とんでもない状況”に、心の底ではまんざらでもないと思っていることを感じていた。
「とうたん、はやくー」
ショッピングモールまでの道を楽しそうに走る乃菜が、満面の笑みで振り返った。
「こら! 危ないから、そんなに走るな」
成瀬は口元に手を当てて、大きな声で叫んでいる。
乃菜は父親との二人暮らしの上、その父親もほとんど家にいないそうだ。
それでも寂しい顔は見せず、素直で明るい女の子だ。
――成瀬課長が、側にいてくれるからかな?
真理子が見上げると、成瀬は優しい顔で乃菜を見つめている。
「乃菜ちゃん、いい子ですね」
「まあな」
真理子の言葉に、成瀬は満足そうにうなずく。
すると駆け寄ってきた乃菜が、成瀬の手を引いていった。
会社では一切笑わない“クール王子”。
今、真理子の目の前で、ほほ笑みながら乃菜と手をつなぐ姿なんて、きっと誰も信じないだろう。
――いったい、どんな事情で家政婦になったんだろ……。
真理子は、まるで親子のように接する不思議な関係の二人を、ぼんやりと見つめていた。
その日は、目的の浴衣と大量の食材を買い込み、夜にマンションへと帰宅した。
はしゃぎすぎた乃菜は、途中のレストランで済ませた夕飯でお腹がいっぱいになったからか、今は成瀬の背中で眠っている。
「乃菜ちゃんのパパって、休日もないほど忙しい人なんですか?」
「あぁ。今は海外に出張中だ」
「海外……」
真理子は、気持ちよさそうに目を閉じる乃菜の顔を見上げた。
――こんなに小さい子がいて、シングルで。おまけに仕事も忙しかったら、大変だろうな。
「あの。ずっと気になってたんですけど……」
真理子が遠慮がちに声を出すと、成瀬が首を傾げながら振り返った。
「成瀬課長は、どうして家政婦になったんですか?」
真理子の言葉に、成瀬は一瞬戸惑った様な表情を浮かばせる。
「……成り行きだ」
しばらくして成瀬は、取り繕うように小さく口を開いた。
「え? 成り行き?」
真理子は声を上げると、そっと成瀬の顔を覗き込んだ。
「お前にパートナーを頼んでおいて、こんな言い方は不適切かも知れないが……昔の、くだらない約束なんだ」
成瀬はそう言うと、顔を上げて遠い目で夜空を見上げる。
「昔の……約束……?」
真理子は意味深なその言葉に、心の奥が少しだけキュッと苦しくなった。
『それは、誰との約束ですか……?』
真理子は、そう聞きたい気持ちをぐっとこらえる。
聞いてしまったら、今の関係も終わってしまう気がしてならなかった。
そして、そう思わせるほど、夜空を見上げる成瀬の瞳は憂いを含んでいた。
――もっと、成瀬課長の事を知りたい。
真理子は、成瀬の横顔から目が離せなかった。
真理子は洗濯物を干しながら、ぶつくさと独り言をつぶやいた。
この高層マンションには、ベランダがない代わりに立派なサンルームが設置されている。
燦燦と日が差し込む窓辺で、目を細めながら順にタオルをかけていった。
成瀬の秘密を知ってしまってからというもの、ここ数日で真理子の生活は一変した。
会社もプライベートも、ちょっと強引な成瀬の策略にはまるかのように飲み込まれている。
真理子はふと、成瀬のほほ笑んだ顔を思い出し、慌てて首を振った。
そして自分が、この“とんでもない状況”に、心の底ではまんざらでもないと思っていることを感じていた。
「とうたん、はやくー」
ショッピングモールまでの道を楽しそうに走る乃菜が、満面の笑みで振り返った。
「こら! 危ないから、そんなに走るな」
成瀬は口元に手を当てて、大きな声で叫んでいる。
乃菜は父親との二人暮らしの上、その父親もほとんど家にいないそうだ。
それでも寂しい顔は見せず、素直で明るい女の子だ。
――成瀬課長が、側にいてくれるからかな?
真理子が見上げると、成瀬は優しい顔で乃菜を見つめている。
「乃菜ちゃん、いい子ですね」
「まあな」
真理子の言葉に、成瀬は満足そうにうなずく。
すると駆け寄ってきた乃菜が、成瀬の手を引いていった。
会社では一切笑わない“クール王子”。
今、真理子の目の前で、ほほ笑みながら乃菜と手をつなぐ姿なんて、きっと誰も信じないだろう。
――いったい、どんな事情で家政婦になったんだろ……。
真理子は、まるで親子のように接する不思議な関係の二人を、ぼんやりと見つめていた。
その日は、目的の浴衣と大量の食材を買い込み、夜にマンションへと帰宅した。
はしゃぎすぎた乃菜は、途中のレストランで済ませた夕飯でお腹がいっぱいになったからか、今は成瀬の背中で眠っている。
「乃菜ちゃんのパパって、休日もないほど忙しい人なんですか?」
「あぁ。今は海外に出張中だ」
「海外……」
真理子は、気持ちよさそうに目を閉じる乃菜の顔を見上げた。
――こんなに小さい子がいて、シングルで。おまけに仕事も忙しかったら、大変だろうな。
「あの。ずっと気になってたんですけど……」
真理子が遠慮がちに声を出すと、成瀬が首を傾げながら振り返った。
「成瀬課長は、どうして家政婦になったんですか?」
真理子の言葉に、成瀬は一瞬戸惑った様な表情を浮かばせる。
「……成り行きだ」
しばらくして成瀬は、取り繕うように小さく口を開いた。
「え? 成り行き?」
真理子は声を上げると、そっと成瀬の顔を覗き込んだ。
「お前にパートナーを頼んでおいて、こんな言い方は不適切かも知れないが……昔の、くだらない約束なんだ」
成瀬はそう言うと、顔を上げて遠い目で夜空を見上げる。
「昔の……約束……?」
真理子は意味深なその言葉に、心の奥が少しだけキュッと苦しくなった。
『それは、誰との約束ですか……?』
真理子は、そう聞きたい気持ちをぐっとこらえる。
聞いてしまったら、今の関係も終わってしまう気がしてならなかった。
そして、そう思わせるほど、夜空を見上げる成瀬の瞳は憂いを含んでいた。
――もっと、成瀬課長の事を知りたい。
真理子は、成瀬の横顔から目が離せなかった。