成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】
 ぐっすりと眠る乃菜を着替えさせ、ベッドにそっと寝かせる。
 真理子が部屋から出てくると、成瀬は食材を冷蔵庫にしまっている最中だった。
 その傍らにはビールの缶が置いてある。

「お前も飲むか? 今日は疲れただろ?」

 成瀬は缶を顔の横に掲げると、笑顔で真理子を振り返る。

 ――成瀬課長って、お酒飲むんだ……。

 真理子は驚いた顔をしながら、こくんと頷いた。
 ダイニングテーブルの椅子に腰かけ、ぼんやりと成瀬の背中を眺める。
 そういえば、成瀬が会社の飲み会に参加している姿を見かけたのは数回しかない。
 その時も、ノンアルコールビールだったのを思い出す。

「お酒、苦手なのかと思ってました」

 真理子はビールを一口、口に含みながら声を出した。
 シュワシュワとした炭酸と苦みが、一気に口の中に広がる。

「いつこっちに呼び出されるか、わからないからな。基本的に外では飲まないんだ」

 成瀬は、乃菜が眠っている部屋の方を指さした。

「え!? もう家政婦の方が、メインになってるじゃないですか!?」

 真理子の驚いた顔を見ながら、成瀬は声を出して笑っている。

「そうかもな。こっちの方が合ってる」

 真理子はテーブルに肘をついて、小刻みに揺れる成瀬の黒い髪を見つめた。

 ――なんだか、不思議……。噂の“クール王子”と、二人きりで笑い合ってるなんて。

 ぼんやりと考えながら、酔いが回ってふわふわとしてきた頭を持ち上げる。
 ふと壁にかかった時計に目が留まると、時刻はもう22時を回っていた。


「うわ! もうこんな時間。私、帰りますね」

 バタバタと慌てて帰り支度をする真理子に、成瀬が首を傾げながら近寄った。

「泊まって行けばいいだろ? 部屋はいっぱい余ってるんだから」
「え!? そ、そんな!」

 真理子は大袈裟に驚きながら、次第に頬が赤くなるのを感じていた。
 顔を真っ赤にした真理子の様子を見ても、成瀬は何も意識していないのか淡々と話を続ける。

「住み込みの家政婦だと、思えばいいじゃないか」
「で、でも……。そ、その……。まだ嫁入り前だし……」

 もじもじとしながら下を向く真理子の顎を、成瀬が余裕の表情でくっと持ち上げた。

「あのな……」

 またしても鼻先すれすれに、成瀬の吐息を感じる。

「俺がお前を、襲いに行くとでも思ってるのか?」

 成瀬はそう言うと、顎にかけた手をすべらせ、真理子の真っ赤な頬をむぎゅっと押さえつけた。

「なっ!」

 真理子の唇はタコのように飛び出て、成瀬はそれを見てぷっと吹き出す。

「お前、面白いな……。じゃ、おやすみー」

 成瀬は真理子からぱっと手を離すと、後ろ手に手を振りながら、さっさと自分の部屋に入って行った。

「ばっ……ばかにしてー!」

 真理子は、成瀬のほろ苦い吐息がかかった鼻先をぎゅっと掴む。
 そして残っていたビールを一気に飲み干すと、来客用の部屋の扉をバタンと閉じた。
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