成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】

お祭りの夜

 週末の夕方、真理子はお祭りに行く準備のために、乃菜のマンションに来ていた。
 乃菜は楽しみで興奮しているのか、さっきからずっと鼻歌を歌っている。
 するとキッチンから、眉間にしわを寄せた成瀬が顔をのぞかせた。

「お前なぁ。打ち合わせ中にぼーっとしすぎなんだよ」
「はい!? 誰のせいだと思ってるんですか!?」

 乃菜の浴衣の着付けをしつつ、真理子は頬をぱんぱんに膨らませて振り返った。

「俺か? なんで?」

 成瀬は、準備した乃菜の水筒をダイニングテーブルに置くと、首を傾げながら椅子に腰かける。
 テーブルに片肘をつき、長い足を組む様はなんとも麗しくて、真理子は一瞬言葉に詰まってしまった。

「なんでって……そりゃあ……」

 ――成瀬課長の事が気になるから……なんて、言えるわけないじゃない。

 真理子はジトっと、横目で成瀬を見る。

「成瀬課長の態度も変でしたよ。普段は氷みたいに“冷え冷えクール王子”なのに!」

 しばらくして、真理子はわざと嫌味たっぷりな声を出した。

「なんじゃそりゃ? 俺はいつも通りだったけど?」

「いいえ。違いましたね! 私に対する不機嫌っぷりが、ばっちり顔に出てました」

 真理子は腰に手を当てながら、勢いよく成瀬の前に立ちはだかった。

「そうか?」

 成瀬は真理子を見上げながら、しきりに首を傾げている。

「成瀬課長が、いつもと違う顔を見せるから、私、佐伯くんに疑われちゃったじゃないですか」

 真理子はぷいっと横を向いた。

「そうなのか? 佐伯のやつ、何て言ってたんだ?」
「成瀬課長と親しいのかって、聞かれましたよ」

 真理子の言葉に、成瀬は目を丸くする。

「へえ? あいつ結構、勘が鋭いんだな。もしかして……」
「ん?」

 真理子は、成瀬を振り返ると首を傾げた。

「いや、なんでもない。まぁ、あれだな。仕事に集中しない真理子が悪い、ってことはわかった」

 成瀬は一人で納得したように、首を縦に振る。

「もう! 全っ然わかってなーい!!」

 真理子が両手を上げて叫んでいると、隣からくすくすと笑う声が聞こえてきた。
 見ると乃菜が、にこにこと満面の笑みを二人に向けている。

「とうたんも、まりこちゃんも、すごくたのしそう! のなもたのしい!」

 乃菜はそう言うと、真理子と成瀬の間に入って二人の手をぎゅっと握る。
 真理子は思わず成瀬と顔を見合わせた。

「乃菜ちゃん、あのね。これは喧嘩っていうか……なんていうか」

 照れた真理子が、しどろもどろになっていると、成瀬の肩がくくっと揺れるのが目線の端に映った。

「乃菜には、楽しそうに見えるんだな」

 成瀬は立ち上がると、乃菜の頭を優しく撫でる。
 そしてそのまま、真理子の頭にもぽんぽんと優しく触れた。
 真理子は成瀬の長い指の感触を感じながら、次第に熱くなる身体を隠すように、乃菜の手をぎゅっと握り返した。
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