成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】
 すると社長が成瀬に何か耳打ちをし、成瀬は静かに会議室を後にした。
 その様子を見届けて、社長が急に明るい表情で口を開く。

「本当はみんなで祝杯をあげに、パーっと行きたいところなんですが、昼間っからそうもいかないので……」

 社長の言葉に、室内には笑い声が漏れる。

「今日のランチは、この会議室でみんなで取りましょう。ケータリングをお願いしてるので、社内の他のスタッフも含め一旦仕事はストップして、みんなで楽しく過ごしましょう」

 社長の言葉を合図に、入り口の扉が開かれ、ケータリング業者のスタッフが次々と中に入ってくる。
 そして会議室はあっという間に、パーティ会場のように変化した。

 ――なんだか社長って、規格外……。

 真理子はあっけに取られたまま、その様子を眺めていた。
 会議室内は歓声と拍手が聞こえ、他の社員も加わって一気にお祝いムードになる。

「俺、社長に挨拶してきます!」

 社員に取り囲まれる社長を見ながら、卓也も声を弾ませながら走って行った。
 ケータリングのメニューは様々で、職人が目の前で握ってくれるお寿司から、フレンチ、中華、カレーまで並んでいる。
 真理子はふと、一か所だけ列が長くなっている所に、目がとまった。
 そこは欧風カレーのゾーンで、業者のスタッフが一人で手一杯になっているようだ。

 ――大変そう……。手伝ったら、迷惑かな……?

 そう思いつつも、真理子は居ても立ってもいられなくなり、ついつい手を出してしまった。

「すみません。ありがとうございます」

 スタッフは忙しく手を動かしながら、申し訳なさそうにぺこぺことお辞儀をする。

「一人じゃ大変ですもん」

 真理子はそう答えながら、せっせとカレーを皿に盛りつけた。
 しばらく夢中でカレーを配っていると、隣にすっと背の高い人影が立つ。

「水木さんは本当に、根っからのお人好しですね……」

 見ると成瀬がシャツの腕をまくり、慣れた手つきでトッピング用のトングを構えている。

「な、成瀬課長!?」

 真理子は思わず裏返った声を出した。

「仕方がありません。お手伝いします」

 成瀬は表情を変えずにそう言うと、クールな顔で前を向く。
 真理子は思わずぷっと吹き出しながら、カレーを盛りつけた皿を成瀬に手渡した。

「希望のトッピングは、成瀬課長に言ってくださいねー」

 真理子が並んでいる社員に声をかけると、どこからか「キャー」という悲鳴に似た声が聞こえてくる。

「ちょっと! 成瀬課長がトング持ってるんですけど!」
「私、トッピング入れてもらいたいでーす♡」

 瞬く間にカレーのゾーンは、さらに長蛇の列となっていた。

「成瀬課長のせいで、余計に忙しくなっちゃったじゃないですか」

 真理子は正面を向いたまま、口をとがらせて憎まれ口をたたく。

「そうですか? 水木さんが、しなくていい苦労するからです」

 “クール王子”はトングを持ったまま、静かにそう答える。
 ため息と共に、耳元に馴染みのある低い声が聞こえ、真理子はドキッと隣を振り返った。
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