成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】
 成瀬はスマートフォンの通話終了ボタンをタップすると、ポケットにしまいながら玄関の扉をそっと開いた。
 室内はシーンとして、物音すら聞こえない。
 首を傾げながら乃菜の部屋に向かい、コンコンとノックすると、乾いた音だけが廊下に響いた。
 成瀬はしばらく、部屋の前に立っていたが中から返事はない。

「入るぞ……?」

 声をかけそっと扉を開けると、乃菜の手を握りながら眠る、真理子の姿を見つけた。

「真理子……?」

 真理子はよほど疲れているのか、軽く肩を揺すったが全く起きる気配はない。
 成瀬は、乃菜の手をそっと布団に入れると、真理子の身体をゆっくりと抱きかかえた。
 乃菜の部屋を出ると、廊下の一番奥の客間に入る。

「うーん……」

 客間のベッドに横たえると、真理子は気持ちよさそうに声を漏らし、そのまま深い眠りについたようだった。
 成瀬は「ふう」と小さく息を吐き、真理子が眠るベッドの横に座り込む。

「これから、どうするかだな……」

 こめかみに手を当てながら、小さく声を漏らした。
 撮った写真を成瀬に見せた時の、橋本の勝ち誇ったような顔つきが瞼に浮かぶ。
 あの様子だと、写真がバラまかれるのは、時間の問題だろう。
 社内の人間があの写真を見れば、憶測で噂が広がるのは避けられない。
 成瀬と乃菜の関係性、そして成瀬と真理子の関係……。

 百歩譲って、真理子とは社内恋愛であれば、許されるのかも知れない。
 でも、今の成瀬と真理子は家政婦のパートナー。
 真理子にも、いらぬ追及がなされる可能性もある。

「それなら、いっそのこと、恋人同士の(てい)でいくか……?」

 成瀬は、はたと顔を上げ「いやいや」とすぐに首を横に振る。
 乃菜の事もあるし、それは真理子が嫌がるかも知れない。

 ベッドサイドに背中を預けながら静かに頭を持ち上げると、気持ちよさそうに眠る真理子の顔が目の前に見えた。
 今まで全く気にしていなかったが、もしかして真理子には、誰か恋人がいたりするのだろうか。
 成瀬はいつの間にか、自分の隣に真理子が立っていることが、自然になっていたことに気がつく。

「佐伯とは、親しそうだったよな」

 成瀬はそうつぶやくと、思わず手を伸ばし、そっと真理子の頬に触れた。
 真理子は、むにゃむにゃと口元を動かしながら、顔をほころばせる。

「あんな事があったのに、幸せそうな顔して……。お前、本当に面白いな」

 成瀬は真理子の顔を覗き込むと、そっと髪を撫でながら、おでこに唇を近づけた。

「ん……」

 真理子が寝返りを打ち、成瀬ははっとして顔を上げた。

 ――俺は、何をしようとしてたんだ……?

 成瀬は慌てて自分の口元に手をやると、戸惑った気持ちのまま静かに部屋を後にした。
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