成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】

動き出す状況

 真理子は、会社のパソコンを立ち上げると、ぼんやりと社内メールを確認していた。
 橋本にパークで出会ってからしばらく経つが、何事もなくいつもの日常が過ぎている。
 社内でも噂話が聞こえてこない所をみると、やはりあの写真は明るみになっていないのだろう。

「もし誰かが見てたら、女性社員が大騒ぎするはずだし……」

 あの出来事の後、成瀬からは『誰かに何か聞かれても、堂々としてろ』と言われている。

「とりあえず、何も話すなってことだよね」

 そして真理子は首を傾げながら、何度もぐるぐるとあの夜の記憶をたどる。
 何度思い出してみても、自分でベッドへ移動した記憶はない。
 乃菜の手を握っていたことまでは覚えているが、朝起きた時には客間のベッドで眠っていた。
 真理子はそれを成瀬に確認しようとしたが、はぐらかすように話を逸らされてしまったのだ。

 ――やっぱり……柊馬さんが、私を運んでくれたってことだよね!?

 そして真理子は、再び首を傾げる。

 ――別に隠す必要ないと思うんだけど……。まさか、重くて大変だったとか!? い、いびきとか聞かれてたら、生きていけないっ!

 成瀬に寝顔を見られたかも知れないと思っただけで、全身から汗が噴き出してくる。
 真理子はつい顔を両手で覆い、ぶんぶんと頭を振った。


「ちょっと! 真理子さん! 聞いてます!?」

 すると突然、耳元で卓也の大きな声が聞こえ、真理子はビクッと顔を上げる。

「な、なに? ごめん……聞いてなかった」

 真理子の声を聞くと、卓也はこれ見よがしに、大きなため息をついた。

「ですよね。完全に自分の世界に、入り込んでましたから」

 卓也はじろっと横目で真理子を見る。

「え!? 声、出てた!?」

 真理子は裏返った声を出しながら、口元をおさえる。

「何かあったんですか? 真理子さん、あのオンラインショップの仕事以降、上の空の事が多いんですよねぇ」
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