成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】
 卓也は両腕を頭の後ろで組むと、鼻先を上に向けながら、真理子に視線を向ける。

「な、何も、ある訳ないじゃない……」

 真理子は慌てて下を向くと、もごもごと口ごもった。

「本当ですかぁ? あ、彼氏ができたとか?」

 卓也は人差し指をぴんと伸ばすと、わざとらしく明るい声を立てる。

「あり得ないって、わかってるくせに……むかつく」

 真理子は、卓也の顔をじろっと睨みつけた。
 卓也は、あははと笑いながら真理子の肩に、ポンポンと手をかける。

「真理子さんは、俺がもらってあげますから。変な色気、出さないでくださいよね」
「ばっかじゃないの!」

 真理子は、卓也の手をパシッと払いのけると、パソコンの画面に集中した。

「おぉ、(こわ)……」

 卓也はそう言いながら、真理子の横顔をじっと見ていたが、それ以上は何も言わなかった。

 それからしばらく、たまった社内メールを確認していた真理子は、一通のメールでぴたりと手を止める。

「もう、人事考課の時期か……」

 真理子は、差出人名が人事部になっている社内メールを開いた。

 サワイライトでは一年に一度、人事考課を行っている。
 業務の目標に対する遂行度や勤務態度、スキルなどを評価する制度で、その内容は今後の昇給や昇進、異動などに反映されているようだ。
 主な内容は、評価表の提出と面談だ。
 面談は一人ずつ行われ、人事部が担当するということもあり、普段は相談できないことを話せる貴重な機会でもあった。
 異動の希望や、それこそセクハラ・パワハラの訴えも聞いてもらえる。
 今年の真理子の面談は、成瀬が担当になっていた。

 ――柊馬さんが、面談相手か……。違う意味で緊張しそう。

 真理子は苦笑いしながら、カレンダーに赤マルをつけた。
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